Anotherlife-もうひとつの生き方としての映画
海はよくも悪しくも「命」に関わる場所である。
今年も既に、海難事故で何人もの命が失われているのは痛ましい限りだ。
しかし、それでも何故人間は海に惹かれるのだろうか?
その答えを映画に求めるなら「グラン・ブルー」。
1950年代のギリシャ。物静かな少年ジャックとガキ大将のエンゾは幼なじみで素潜りのライバルだった。ある日、ジャックの父の事故死をきっかけに二人は心を通じあわせる。時は流れ、1988年。エンゾは素潜りの世界チャンピオンになっていた。そのころジャックはペルーの山中で、素潜りのダイバーとして働いている。エンゾはジャックを探し出し、二人は世界選手権で勝者を争うことになった。大会で、エンゾは一位になるが表彰式を棄権。結果二位のジャックが優勝する。次の大会、エンゾは115m、続いてジャックは120mという大記録を樹立。抜きつ抜かれつの熾烈な競争が繰り広げられていく…。
映画は、地中海の美しい映像とともにフリーダイビングというちょっと聞きなれなかった世界に執り付かれた二人の実在の男を中心に進む。
人間は酸素ボンベ無しにどのくらい海に深く潜ることができるのか。その戦いは死と隣り合わせの危険なやりとりを意味する。
即ちそれは他者との戦いであり、自己に内在する恐怖心との戦いでもあるのだ。
だが二人の戦いはどこか記録のための戦いではなく、海そのものと戯れたいという人間の業のようなものに突き動かされているように見える。
後半、ライバルであり親友のエンゾを失ったジャックは最愛の女性ジョアンヌを手に入れるものの、喪失感を埋められずにバランスを徐々に欠いていく。
新たな生命を宿したジョアンヌの元を去り、静かに海に入っていくジャック。彼のすべてを知り尽くしているが故にそれを止められないジョアンヌ。
ただ一言「Go and see my love」。
海の中の静寂と、地上の喧騒。
それはどこか聖界と俗界の対比を思わせる。
海中が聖界であるなら、そこに棲むイルカはさながら聖界に仕える天使か。
ラストシーンではイルカに導かれるように主人公のジャックが、深海で命綱から手を離し、海に還って行く。
物議を醸したそのシーンはジョアンヌの台詞とかぶり、どこか胎内回帰を思わせる。
実在のジャックマイヨールは数年前に亡くなったが、知り合いが直前にアテンドする機会があり、やはりどこか常人とは違う感覚の持ち主であったと聞く。やはり彼は天使を見たのかもしれない。







