Anotherlife-もうひとつの生き方としての映画
何年か前に「恋を何年休んでますか」というTVドラマがあった。ちょっとドキッとくるタイトルで、今でも覚えている。人によって違うだろうが、そもそも人間の恋愛する間隔、回数は平均でどのくらいなのだろう。年齢を重ねるにつれその間隔は広がっていくのだろうか。
“一人の人を愛しぬく”ことに美学を感じる人もいれば、一度きりの人生なのだから色々な恋愛をしてみたい、と精力的に恋愛をしている人もいるだろう。それこそが若さのバロメーター、というような言い方を耳にすることもある。
誰しも経験するように、振り返ってみるとその時期は熱病に浮かされたように「非日常」空間にどっぷり浸かっていたような感慨があり、その行動原理もあきらかに変わってくる。だからこそ恋愛そのものが「夢」であったのだと後になって気づくのかもしれない。そしてその「非日常空間の真実」と「日常空間の真実」はまた違うのだ。
それをうまく描いた「大人の寓話」と呼べるのが本作「髪結いの亭主」である。
ドーヴィルの海岸沿いの家に住む少年アントワーヌは床屋に行くのが大好きだった。ある暑い日、白衣のボタンを多めにあけたシェーファー夫人の胸に見入ったアントワーヌは、興奮して何も手につかず、夕飯の時に「女の床屋さんと結婚する!」と宣言してしまう。それから10数年後、大人になったアントワーヌは、一軒の床屋で美しい女理髪師マチルドを見かける。「自分の結婚相手はこの人しかいない」と心に決めたアントワーヌは店に入り、求婚するのだった。ささやかな結婚式をあげ、2人は一緒に暮し始める。夢が叶ったアントワーヌは彼女以外何も要らなかった。仕事も、友人も、子供さえも。2人の店に様々な客がやって来ては帰って行き、幸福で静かな日々が続く。昔のことはあまり語りたがらないが、アントワーヌを深く愛しいつも静かに微笑んでいるマチルド。しかしそんな幸福で静かな日々が永遠に続くかと思えたある日、マチルドは「買い物にいく」と言って雨の中に飛び出していく。いつまでも還らない彼女を待つアントワーヌ。「あなたが心変わりして不幸になる前に死にます」という手紙を残して・・・。
恋愛が本質的に「日常空間」と相容れないと知っていたかのようなマチルドの死。マチルドの過去は何も語られないまま物語はエンディングを迎えるが、そこに何があったのか想像させる余韻。何事も無かったかのように超然と床屋に佇むアントワーヌが切ない。
主演の二人の醸し出す独特の雰囲気もさることながら、甘くて洒落たナイマンの音楽が、世界観の醸成に一役も二役もかっていて秀逸。
ここに登場するマチルドはあくまで男性側の“理想”の女性像の具現かもしれないが、それを承知で秋の夜長浸ってみるのも一興。
監督・脚本は「ムッシュー・イール」のパトリス・ルコント、製作はティエリー・ド・ガネー、撮影はエドゥアルド・セラ、音楽は「プロスペローの本」のマイケル・ナイマンが担当。出演はジャン・ロシュフォール、アンナ・ガリエナほか。








