Anotherlife-もうひとつの生き方としての映画
人間の人生はその生まれた時代、場所に当然のことながら影響を受ける。
もしも生まれた時代が戦争の時代であるなら、それは文字通り命に関わる重大な問題となるし、避けようの無い運命をもたらす。しかし最早、戦後世代がその大勢を占める日本にあって、その民族的な集合知としての記憶は限りなくゼロに近づきつつある。
一方で戦争の狂気を描いた映画は数知れない。そして戦時の悲劇を描いたものも数知れない。
だが本作はそのどれとも違う。誤解を恐れずいえば“秀逸な御伽噺”である。
1939年、陽気で明るい女たらしのユダヤ系イタリア人のグイドは、偶然の出会いから小学校の教師ドーラに恋をする。様々な手練手管で攻勢をかける彼の意外な純粋さに惹かれた彼女はついにフィアンセを前に自ら攫って逃げて、と結婚を承諾。やがて可愛い息子も生まれ、3人は絵に描いたような幸せな日々を送っていた。しかしその彼らに暗い戦争の影が忍びよる。
ある時、彼らに突然強制収容所への収監命令が下る。収監されたグイドと息子ジョズエを追って、純血イタリア人の妻も収監を志願し、同じ収容所内での家族離れ離れの生活が始まる。
息子のジョズエを心配させまいとするグイドはその息子に一世一代の大嘘をつく。これは全てゲームなんだ、と。命をかけてその嘘を突き通すグイド。そして戦争終結も近いある日、妻のドーラがガス室往きのバスに乗ったと思い込んだグイドは・・・。
前半の、時にバカバカしくさえある、あまりに能天気なグイドのお調子モノっぽさから一転、後半の全てを見越したうえで息子につく嘘がせつなく突き刺さる。
自分独りの力ではどうしようもない不条理にぶち当たった時に、人間は何を考え、どう行動するのか。
死ぬことがわかっていても、妻、そして息子への強烈な愛情、ユーモアを失わず最後の瞬間まで生を諦めないグイド。「究極のポジティブシンキング」というと陳腐だが、ヒトラーの精神的支柱であるショーペンハウエル的ペシミズムに、徹底したオプティミズムで対抗するグイドは、才人ロベルト・ベニーニが放った最上級の反語だろう。
物語は最後に息子の言葉を通して語られるが、父親の生きる姿勢は息子のDNAに力強く受け継がれたことを示唆する。鮮烈な生を全うした記憶は確かに次の世代へ受け継ぐことが可能だと証明するかのように。
監督・主演は「ボイス・オブ・ムーン」(主演)「ジョニーの事情」(主演・監督)のイタリアを代表する喜劇俳優ロベルト・ベニーニ。脚本はベニーニと「ジョニーの事情」「宣告」のヴィンチェンツォ・チェラーミ。製作はエルダ・フェッリ、ジャンルイジ・ブラスキ。撮影は「ボイス・オブ・ムーン」「死と処女」のトニーノ・デリ・コリ。音楽は「ボイス・オブ・ムーン」のニコラ・ピオヴァーニ。美術・衣裳は「インテルビスタ」のダニーロ・ドナーティ。共演は私生活でもベニーニ夫人で彼の作品でコンビを組むニコレッタ・ブラスキ(「ミステリー・トレイン」)、そして子役のジョルジオ・カンタリーニのあどけない、それでいて父親の嘘を見抜いているような理髪さを思わせる表情が素晴らしい。







