Anotherlife-もうひとつの生き方としての映画
ネットメディアが産業革命以来の大きな変革といわれて久しい。
それだけ大きな力をもったメディアの出現の渦中にあって、未だそのパラダイムシフトがこの社会をどこに導くのか。誰しも明確な答えを持っていないのが今という時代かもしれない。
一方、最近露見したTVの情報番組の捏造は、図らずもこのメディアが未だ大きな力を残していることを逆説的に証明して見せた。そしてそれはそのまま本作が描き出す半世紀前のTV黎明期に実際にあった“事件”と見事に符合し、本質的になんら変わっていないその恐竜のような姿が垣間見える。
56年、アメリカ中がテレビのクイズ番組に熱中していた。中でもその秋にスタートした“21(トゥエンティ・ワン)"の人気は、社会現象にまでなっていた。番組で無敵を誇るユダヤ系のチャンピオン、ハーヴィーが勝ち進んでいたが視聴率の伸び悩みから、スポンサーは、もっと見栄えのする人物に変更しろと指示する。そんな折、番組のオーディションを受けにきたコロンビア大学講師で、著名な詩人を父に持つチャーリーをひと目見たプロデューサーのダンは彼に白羽の矢を立てる。ダンはハーヴィーに巧妙に負けることを説得し、悩み抜いた末にハーヴィーは本番で劇的な負け方をした。一方、チャーリーにはオーディションと同じ問題が出題され、彼は仕組まれた勝利に気がつくが、脚光を浴びる気分の良さと高額の賞金を前に徐々に理性をなくしていく。ダンの目論見どおり、チャーリーは名門出で若くハンサムなクイズ王として、テレビ界の寵児となった。だが、その裏には番組をよりドラマチックに演出し、高い視聴率を稼ぐために勝敗の不正な操作が行われていた。そんな中ハーヴィーはついに、地方検事局に訴えを起こす。やがて立法管理委員会の新人調査官のディックが関係者への聞き込みを開始する。彼は調査を続けるうちに番組で不正が行われたことを確信するが、チャーリーには不思議と奇妙な好感を持ち、どこか友情さえ感じ始める。しかし彼はついに決定的な証拠を掴み、事件は全米放送史上空前の一大スキャンダルへと発展していく。一方、チャーリーは15週目の対戦でわざと不正解してチャンピオンの座を降りた。ついには立法委員会が開催され、ハーヴィーが証人喚問される。全米のマスコミが注目する中、チャーリーは聴問会に証人として出席して不正の事実を認める声明を発表した。結果ダンら製作陣は解雇されたが、チャーリーの態度は皮肉にも世論から潔いものとして称賛される・・・。
スポンサー、プロデューサー、ディレクター、出演者、視聴者というそれぞれの立場で行動するが故に、そこに必ずしも明確な悪意は存在せずとも、まるで上から下に流れ落ちる水のように深みにはまっていく関係者達。そもそもメディアが“人を楽しませるために”エスカレートしていくことを止められない様は、今日の姿と本質的に変わっていないことに気づく。
「楽しくなければTVじゃない」というコピーの通り、リアルとフェイクの境界すら限りなく曖昧にしてしまう彼らは、毒を食らわば皿までとターゲットにした人間を祭り上げるだけ祭り上げると、次の瞬間、奈落の底へ突き落とす。まるで鏡を見るように50年前と現代が繋がる瞬間だ。
ただそこに視聴者という形で加担している現代の自らの姿を見出すとやるせない気分になるのは私だけではあるまい。
ネットの時代、発言する視聴者は自浄機関として機能するのか、はたまたメディアは進歩することを諦め、混沌の中に堕ちていくのか。本作を視てしばし考えるのも無駄ではないかもしれない。
監督は、俳優であると同時に「普通の人々」「リバー・ランズ・スルー・イット」といった秀作を発表しているロバート・レッドフォード。原作は、共同製作にも名を連ねるリチャード・N・グッドウィンの『Remembering America : A voice from Sixties』に所収の一章『Investing The Quiz Show 』。脚本は映画評論家出身で「ディスクロージャー」のポール・アタナシオ。撮影は「エイジ・オブ・イノセンス 汚れなき情事」のミハエル・バルハウス、音楽は「ショート・カッツ」のマーク・アイシャムがそれぞれ担当。主演は「バートン・フィンク」「フィアレス」のジョン・タトゥーロ、「シンドラーのリスト」のレイフ・ファインズ。マーティン・スコセッシとバリー・レヴィンソンの両監督が特別出演しているのも話題。








