愛しのJazzMan
最近は日本語をほとんど喋らなくなってしまったが、ケニー・ギャレットの日本語熱にはひところすさまじいものあがった。自腹を切っては日本に来て、日本語学校に通っていたことも一度や二度ではない。そんな日本語熱と共に、彼は日本の曲にも精通するようになっていた。
いまから15年くらい前、ぼくはニューヨークでプロデューサー稼業をしていた。それで、マイルス・デイヴィスのグループでキーボード奏者だったアダム・ホルツマンのレコーディングをしたことがある。ケニーもマイルス・バンドのメンバーだったことから、そのレコーディングに加わってもらうことにした。
笑ってしまったのはリハーサルのときだ。スタジオに行ってみると、誰かがピアノを弾いている。それもどこかで聴いた日本のメロディである。冒頭の部分を繰り返し弾いているのだが先に進まない。誰が弾いているのかと思ってピアノのところに行くと、ケニーだった。
「どうしてもさびの部分が思い出せないけれど、知っているかい?」
こう聞かれたところで曲名を思い出した。ケニーが弾いていたのは<お座敷小唄>ではないか。どうしてそんな曲を知っているのかといえば、以前、日本に行ったときに耳にしてメロディが頭から離れなくなってしまったのだという。
それで今度また日本に行くから、そのときにこの曲を吹いたら喜んでもらえるんじゃないか、というのがケニーの考えだった。あまりにジャズのイメージからかけ離れているので、ぼくは「やめたほうがいいよ」といったのだが、彼はどうしても演奏するといって譲らない。
それでさびの部分を教えておいたが、帰国後のケニーにどうだったかを聞いてみた。
「そりゃぁ大受けだったよ。最後はみんなで歌までうたってくれた」
受けたのには理由がある。このときの日本ツアーは、ニューヨーク在住の日本人ベーシスト、藤原清澄のグループに入ってのものだった。藤原の故郷は四国だったと思うが、その生まれ故郷で凱旋公演をしたときに<お座敷小唄>も演奏したのである。
それで合点がいった。観客はジャズファンというより、藤原の親族や知人・友人が大半だったのだ。
「東京ではどうだった?」
ぼくの問いに対して、ケニーは「キヨトから東京ではやめてくれと頼まれたので、残念ながら演奏しなかった」
それはそうだろう。さすがにジャズファンを相手にしたらギャップが大きい。
「でも、今度は自分のバンドで行くから、そのときは演奏するよ」
なかなかケニーもしぶとい。
ここしばらく、ケニーはステージで赤い鳥の<翼をください>をいつも演奏している。日本だけでなく、ニューヨークでも演奏していたから、どこに行ってもこの曲は吹いているのだろう。2002年に発表したアルバム『ハッピー・ピープル』(ワーナー)に入っていたから、そのときからレパートリーにしてきたようだ。
そのアルバムのライナーノーツをレコード会社から頼まれて、ケニーにどうして<翼をください>をレコーディングすることにしたのか、そのいきさつを聞いたことがある。
日本語学校に通うために来日していたときのことだ。知人の家に居候をしていたケニーが京王線に乗っていたところ、アルト・サックスのケースを持っている青年と同じ車両に乗り合わせた。ひと懐っこいケニーは、その青年と車中で話しているうちに意気投合する。彼は、新宿の西口公園に練習をしに行くところだった。
ケニーに限ったことではないが、ジャズ・ミュージシャンには仕事がないときでも楽器を持ち歩く習性がある。このときも彼はアルト・サックスを持っていた。それで、西口公園に行って教えてもらったのが<翼をください>だった。
「高層ビルに向かいながらふたりでサックスを吹いたんだ。背中には夕陽があって、とても気持ちがよかった。その情景にこのメロディはぴったりだった。9.11の直後だったから、何て平和な気分だろうと思いながらこのメロディを吹いていた」
<翼をください>でケニーの殺伐とした気持ちが癒されたのだろう。そして、その気持ちを世界中のひとと分かち合いたくてレコーディングしたのだという。
それはそれだが、ケニーにこのメロディを教えた青年は、この「うなぎ犬」に似た人物が世界的なアルト・サックス奏者であることを知っていたのだろうか? ぼくはそちらのほうが気になって仕方ないのだが。
![]() |
ケニー・ギャレットとの2ショット(1989年):ニューヨークの藤原清澄のアパートで(ふたりともほとんど眠っています) |
関連情報
お奨めCD●『Kenny Garrett/Happy People』(Warner Bros.)』(Warner Bros.)マーカス・ミラー プロデュースによるケニー・ギャレットの新境地を伝える作品。 アルト、ソプラノとも、セルフプロデュースでの時として散漫な印象から抜け出し輝いている。ギャレットの音色のよさには定評があるが、ここではさらに円熟したソフトな印象と、一転してドライヴ感に溢れたソロを聞かせるなど、硬軟取り混ぜながらもハイレベルな作品に押し上げたマーカスの手腕の光る作品。
小川隆夫の本●「となりのウイントン」「あの頃のマンハッタンの匂いがプンプンして懐かしい気分になるよ」(日野皓正氏の帯コメントより)。
医者とジャズ・ジャーナリスト、二足の草鞋を履いて、いつのまにか20年以上が過ぎてしまった…。ジャズ好きが高じてマンハッタンに留学してしまった青年外科医。そんな若き筆者と親交を結んだミュージシャンたちとのエピソードを綴った、初めてのエッセイ集。







