愛しのJazzMan
盲目のピアニスト、マーカス・ロバーツの存在がクローズ・アップされたのは、ウイントン・マルサリスがそれまでのクインテットからカルテットに編成を変えた1985年6月のことである。旧クインテットにはウイントンの兄でサックス奏者のブランフォード・マルサリスと、ピアノのケニー・カークランドが参加していた。このふたりが折りから結成されたスティングのバンドに入ったための抜擢である。
新加入のロバーツ以外は、ベースのチャーネット・モフェットとドラムスのジェフ・ワッツが残り、9月に入ってチャーネットが抜けて、ボブ・ハーストが参加してウイントンのカルテットはこのメンバーでしばらく活動を続けていく。中でも、ロバーツの参加はリーダーにそれまで以上の刺激を与えたようで、この時期のウイントンはライヴ活動も精力的にこなすようになっていた。
ロバーツの演奏を初めて観たのは、その年の暮れも押し迫った12月27日のことだ。このとき、ウイントンはジャズ・ミュージシャンとしては異例の10日間にわたる連続コンサートをマンハッタンの「ジョイス・シアター」で開催していた。
年末年始に10日間もコンサート・ホールで演奏会を開くウイントンの人気もさることながら、グループの高度な音楽性が『ニューヨーク・タイムズ』をはじめ、多くの雑誌, 新聞で取り上げられ、いまさらながら彼に寄せられる関心の高さを実感させられた。ブランフォードが抜けた分、ウイントンが演奏するソロの比重も増え、それによってこれまで以上に彼の音楽性が明確になっていたことも収穫のひとつである。
コンサートが終わった楽屋で、幸運なことに、ウイントンが発見したこの新人ピアニストにインタヴューをすることができた。ロバーツにとっては初めてのインタヴュー、しかも遠い日本からやってきた人間にインタヴューされるのだから不安もあっただろう。インタヴューにはウイントンがつき添い、兄のような優しさで、ときにロバーツが返答に窮すると助け船を出していた姿が印象的だった。
興味深かったのは、「一度聴いた音楽は忘れないし、ひとの声も忘れない」というロバーツの発言だった。
音楽については、レイ・チャールズやスティーヴィー・ワンダーの例を持ち出すまでもなく、目の不自由なひとの記憶力が抜群にいいことは実証済みである。彼らは、複雑なストリングスのアレンジも一度聴いただけで、次にはそれに合わせて見事に歌をうたったりピアノを弾いてみせたりできるほど感性に優れている。
ロバーツもそういうタイプのひとだった。ただし、一度でも接したひとなら絶対に忘れないといわれたときは、本当かな? と思ったものだ。そのことは1年後に証明される。
1986年12月、ぼくは再びニューヨークにいた。「ヴィレッジ・ヴァンガード」にはウイントン・マルサリスのグループが出演している。その楽屋でウイントンと旧交を温めていたところに、ロバーツが知人と戻ってきた。
楽屋はひとの出入りが激しく、あちこちで言葉が飛び交っている。そんな喧騒の中で、ロバーツは歩みをとめてぼくのほうを向いたのである。そしてにこりと笑って「またインタヴューをやるかい?」といい放った。
それでもぼくの場合は簡単だ。日本人だし、英語も流暢でなければ発音だって悪い。だから覚えやすいに決まっている。ところが、その場面でもうひとつびっくりさせられたことがある。
ウイントンに挨拶していたひとりに、アマチュアのトランペット・プレイヤーがいたのである。彼がウイントン向かって「ハーイ」といっただけで、ロバーツはトランペッターの仕草をその人物に向かってやってみせたではないか。
ウイントンはそういう場面に何度も直面していたからそれほど驚かない。ロバーツに理由を聞いてみた。彼は声を覚えているだけではなかった。あるときから、歩き方を含めて動作や気配がひとによってまったく違うことに気がついたという。ロバーツにしてみれば、そういうことを敏感に察知するのも生きていく上で必要なことのようだ。
目が不自由なひとには、健常者には想像もできないほどさまざまな苦しみがあるに違いない。仕草や気配やちょっとした言葉でその人物をいい当ててしまうロバーツ。それを、彼はゲームのように楽しんでいた。
その天衣無縫な明るい振る舞いの裏に隠された哀しみや苦労。ロバーツのプレイがいつも余韻を引くように魅力的なのは、辛い人生を楽しいものに変えるすべを身につけたひとによるものだからなのかもしれない。
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マーカス・ロバーツとの2ショット(1985年):「ジョイス・シアター」の楽屋にて |
関連情報
お奨めCD●『Marcus Roberts/Cole After Midnight』(Sony)ナット・キング・コールが歌って世界的に有名な作品の数々を、マーカス・ロバーツが淡々と優雅に奏でている。ジャズ歴の長いベテランも、ジャズ初心者も十分堪能できる素晴らしい作品。
小川隆夫の本●「となりのウイントン」「あの頃のマンハッタンの匂いがプンプンして懐かしい気分になるよ」(日野皓正氏の帯コメントより)。
医者とジャズ・ジャーナリスト、二足の草鞋を履いて、いつのまにか20年以上が過ぎてしまった…。ジャズ好きが高じてマンハッタンに留学してしまった青年外科医。そんな若き筆者と親交を結んだミュージシャンたちとのエピソードを綴った、初めてのエッセイ集。






