愛しのJazzMan
前回に続いてもうひとつ、近刊『となりのウイントン』(NHK出版)からのエピソードを『愛しのJazz Man』ヴァージョンで紹介しましょう。
ニューヨークには多くの日本人ジャズ・ミュージシャンが住んでいます。ピークは1970年代半ばから80年代前半にかけてでしょうか。ぼくがいたころは、大御所の秋吉敏子さんを筆頭に、有名どころでは、中村照夫、菊地雅章、日野皓正、増尾好秋、鈴木良雄、大野俊三、大森明さんたちが住んでいました。そのほかに、無名のミュージシャン、それからミュージシャン志望のひとたちまでを加えれば、かなりの数の日本人ミュージシャンがいたことになります。
ただし仕事があるかといえば、これは別の話になります。アメリカで確固たる地位を確立した秋吉さんと中村さんを例外にすれば、日本でトップ・クラスの人気を誇っていた菊地さんにしても日野さんにしても、ニューヨークで得られるまともな仕事は年に数回あればいいほうでした。
日野さんと知り合ったのは、彼がニューヨークに移り住んで5年が過ぎ、グループも結成して、ようやくたまにはクラブにも出演するまでになっていた時期のことです。日本時代の日野皓正といえば、映画スターも顔負けの人気トランペッターでした。しかしそうした人気が、ジャズ・ミュージシャンとしての活動を圧迫するようになってきたのです。そこで彼はすべての名声や収入を捨て、ゼロからの再出発をニューヨークで図りました。
ぼくはそんな日野さんの生き方を尊敬しています。そのままいればスターとして持てはやされ、安定した収入も維持できたでしょう。しかし、彼はジャズ・ミュージシャンとして創造的な活動ができる道を選んだのです。
実力から行けば、日野さんは世界的な視野で見てもトップ・クラスのひとりです。ところがニューヨークに来てみたら、ほとんどといっていいほど仕事がありません。あったとしても、ひと晩でもらえるギャラはわずかに50ドル程度。家賃が高いマンハッタンには住めません。電車でロング・アイランドから通っていたのですが、それでも帰りにタクシーを使えばギャラはほとんど消えてしまいます。
「ニューヨークに来て思ったことがある。ひとを楽しませる仕事をしているその人間が、実は、明日の朝のパンをどうしようか? と考えているような状態じゃ絶対にだめなんだよ。そういうひとに、ひとを楽しませる音楽はできない。まずは自分に余裕がなければね」
この言葉に、日野さんの苦労が滲んでいます。スターだった彼が、ニューヨークにわたって重ねた苦労。それがどれほど精神的にも経済的にも辛いものだったのかはわかりません。しかし、生半可なものではなかったのでしょう。
「いまじゃ日本のミュージシャンが随分ニューヨークに住むようになったよね。でもほとんどのひとが日本では無名だったし、こっちに来ても無名のままだ。それで結局どうなるかっていえば、日本レストランで皿洗いをして、たまに仲間の日本人同士でセッションしているっていうのが大半だよ」
苦労しているだけに、日野さんの言葉には、彼らに対して本当に心配している様子が窺えました。
「だから、ぼくはこういいたいんだ。日本でトップになってからこっちに来なさいってね。それでも苦労するんだから。こちらでミュージシャンとしてやっていきたいなら、日本でトップになっているくらいじゃないと無理だよ」
スターだったころの日野さんの姿を知っているだけに、この言葉を聞いて、ぼくは「ああ、このひとはジャズに対して真剣なんだな」と強い思いにとらわれたものです。ウイントン・マルサリスにしても、マイルス・デイヴィスにしても、あるいは無名の新人にしても、ミュージシャンは誰もが真剣に自分の音楽で勝負をかけています。もちろん日本にいるミュージシャンも同じでしょうし、日本からこの街にやってきたミュージシャンも有名・無名を問わず同じ気持ちで日々を生き抜いているに違いありません。
しかし日野さんのようなスター・プレイヤーから、こうも率直な言葉が聞けるとは思ってもいませんでした。ジャズ・ファンのぼくに熱い口調で語ってくれた姿が、いまも心に焼きついています。そしてこんな思いでニューヨーク生活を続けていた日野さんは、大きな財産を得たのでしょう。それらがいまの音楽に素敵な形で反映されています。
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日野皓正との2ショット(2006年) |
関連情報
お奨めCD●『日野皓正/クリムゾン』(Sony)世界を舞台に活躍する日野皓正。近年は日本におけるレギュラー・グループでの活動がますます充実している。本作には、ドラムを自ら多重録音したOrnette Colemanの“淋しい女”や、夫人に捧げた“Suzan”など話題の曲を収録。繰上和美氏によるジャケット写真も素晴らしい。
小川隆夫の本●「となりのウイントン」「あの頃のマンハッタンの匂いがプンプンして懐かしい気分になるよ」(日野皓正氏の帯コメントより)。
医者とジャズ・ジャーナリスト、二足の草鞋を履いて、いつのまにか20年以上が過ぎてしまった…。ジャズ好きが高じてマンハッタンに留学してしまった青年外科医。そんな若き筆者と親交を結んだミュージシャンたちとのエピソードを綴った、初めてのエッセイ集。






