愛しのJazzMan
マイルス・デイヴィスのグループで独特のくねくねとうねるフレーズを聴かせてくれたジョン・スコフィールド。それ以前からユニークなギター・プレイはフュージョン・シーンで大きな話題を呼んでいた。そのバンドでさらなる注目を集めた彼は、次いでサックス奏者のジョー・ロヴァーノと組んだカルテットでフュージョンとストレート・アヘッドなジャズの世界を股にかけて大活躍をしてきた。
そろそろ還暦を迎えるスコフィールドである。しかし前向きの姿勢はいまも健在だ。ここ数年は、ニューヨークを中心に話題を集めるようになったジャム・バンド・シーンに進出して、ソウライヴやメデスキ・マーティン&ウッドたちと最先端のジャズをクリエイトしている。
そんなスコフィールドだが、いまから15年ほど前の彼はジャズ界きっての子煩悩だった。ミュージシャンや関係者の間では有名な話である。それだけに、子供の話題を出せばどんなときでも相好を崩していたことが印象に残っている。
ツアーに明け暮れているスコフィールドは、たまに家にいるときは必ずふたりの子供が通う学校への送り迎えをしていた。彼に連絡がしたければ、朝の早い時間に電話をかければ大抵はつかまえられる。夜が遅いミュージシャンの中で、ニューヨークにいるときのスコフィールドは、だからなるべく早く家に帰ってしまう。早起きをしなければいけないからだ。
ぼくがプロデューサーをしていたときに、スコフィールドをいくつかのレコーディングで起用したことがある。このときはすでにトップ・ギタリストのひとりとして大物ミュージシャンになっていたが、気さくなひとがらは変わらない。ニューヨークにいるときなら格安でセッションに参加してもいいといってくれたので、デニス・チェンバースのレコーディングに加わってもらうことにした。
ところがスタジオの機材を調整していたときにアクシデントが発生する。マルチのテープ・レコーダーがうまく作動しないのだ。修理をするか、よそから同じ機材を借り出すか。いずれにしても、これでレコーディングの開始が少なくとも2時間は遅れる。
それがわかった瞬間、スコフィールドがぼくに耳打ちをしてきた。「ギャラを先にほしい」というのである。普通はセッションが終了した時点でお金を払うことになっている。「あとじゃ駄目なの?」と聞くと、もじもじしながら、「実は息子にゲーム機を買ってあげる約束になっているんだけれど、レコーディングの開始が遅れると店が閉まってしまう。だからこの時間を利用して買いにいってきたい」とのことだった。
ほかのミュージシャンも三々五々、外に出かけ始めた。もちろん先払いをすることに異存はない。そしてそれから2時間後、スタジオには息子連れのスコフィールドの姿があった。そろそろ機材の調整が終わり、彼もギターをアンプに繋いでサウンド・チェックをしている。ところが息子はそんなお父さんの仕事には目もくれず、ロビーのテレビに買ってきたばかりのスーパー・マリオを接続して一心不乱に手を動かしている。
あるときはこんな姿にも出くわした。それはマイルス・デイヴィスのコンサートが終わったあとの舞台裏でのことだ。マイルスの楽屋前はサインを求めるファンで長蛇の列になっていた。その中にスコフィールドの姿があった。
マイルス・バンドのメンバーである彼が、ファンと一緒にサインをもらおうと並んでいたのだから奇妙な光景である。聞けば、この日がマイルス・バンドで演奏する最後の夜だという。それで、子供たちのプレゼントに彼のサインをもらうんだとのことだった。
ミュージシャンなんだからファンとは別のところでもらえばいいのに、と思うのが自然だろう。しかしマイルスとバンドのメンバーは移動も別だしホテルも別。彼と会えるのはステージの上だけだという。それでちょっと照れくさいけれどファンと一緒に並んでいるんだよと答えるスコフィールドは、その間にもファンからせがまれて一所懸命サインに応じていた。
その彼は、マイルスのグループを辞めた直後に長年住み慣れたマンハッタンから郊外のカトーナという街に引っ越している。マンハッタンにはいい学校がないからというのが一番の理由だ。マンハッタン時代もスコフィールドは子供たちをいい学校で学ばすため(つまり私立学校に通わせるため)、相当な出費をしていた。「稼ぎの大半は教育費だよ」と冗談めかして話していた彼はどこにでもいる普通のお父さんだった。そして、ふたりの息子はもう成人になっているはずだ。
![]() |
ジョン・スコフィールドとの2ショット(1987年) |
関連情報
お奨めCD●『The John Scofield Band/Up All Night』(Verve)内容(「CDジャーナル」データベースより)
前作『ウーバージャム』に引き続き、アヴィ・ボートニック、アンディ・ヘス、アダム・ダイチという同じメンバーで録音された最新作。ジャム・バンド・シーンでの活躍ぶりが反映された、強烈なグルーヴをもつファンキーなサウンドだ。4管のホーンも参加。
小川隆夫の本●「となりのウイントン」「あの頃のマンハッタンの匂いがプンプンして懐かしい気分になるよ」(日野皓正氏の帯コメントより)。
医者とジャズ・ジャーナリスト、二足の草鞋を履いて、いつのまにか20年以上が過ぎてしまった…。ジャズ好きが高じてマンハッタンに留学してしまった青年外科医。そんな若き筆者と親交を結んだミュージシャンたちとのエピソードを綴った、初めてのエッセイ集。







