愛しのJazzMan
前回に続いて、今回はジョン・コルトレーンのカルテットに晴れて参加したマッコイ・タイナーの話を紹介しよう。
「1964年12月、タイナーとコルトレーンはひとつのピークに達していた」
これは『マッコイ・タイナー・プレイズ・エリントン』(インパルス)の原盤ライナーノーツの書かれている言葉だ。この作品が録音された日づけに注目していただきたい。1964年12月7日と8日、これは何を意味しているのか。
タイナーはこの作品をレコーディングした時点で栄光のジョン・コルトレーン・カルテットのピアニストだった。そしてコルトレーン・カルテットが残した最高傑作の1枚として知られているのが、この作品と同じインパルスに吹き込まれた『至上の愛』である。そのレコーディングが行なわれたのは、1964年12月9日、すなわちこの作品が吹き込まれた翌日のことだった。
当時のコルトレーンは、タイナーの他に、ジミー・ギャリソンとエルヴィン・ジョーンズからなる不動のカルテットを率いて活動していた。このメンバーに固定されたのは1962年春のことで(それ以前からこの4人で演奏することもあるにはあったが)、以来1960年代のジャズ・シーンを飾るこのコンボは次々と名作を残していく。
「ジョンのグループでは毎日が戦いだった。メンバー同志で音楽的にぶつかり合いながら切磋琢磨していた。同じことを次の日も繰り返すようなことは誰もしなかった。そんなことをしたら、自分だけが進歩しているグループから置き去りにされるような気がしたからね。わたしたちは、だからいつも音楽のアイディアを考え、テクニックに磨きをかけていた。グループでツアーに出ると、気持ちの休まるときがほとんどない。ピーンと空気が張り詰めた、すごい緊張感を覚える。でも、それはわたしにとって快感でもあった」
タイナーは当時のことをこう語ってくれたことがある。
「ジョンのグループでしか演奏していなかったら、わたしも他のメンバーも精神的にまいっていただろう。そこで、時間を見つけては他のミュージシャンとセッションをしていた。息抜きではなくて、ペースを変えるためにね。それでインパルスに吹き込んだ自分のリーダー作では、もう少しリラックスしたものをやってみたんだ。スタンダードを中心にしたレパートリーをピアノ・トリオで弾くスタイルが多かったのも、そういう理由からだ」
レコード会社としては《コルトレーン・カルテットのピアニスト》という形でタイナーの売り出しを図りたかったようだ。ところが、本人にしてみれば自分は自分というプライドもあって、コルトレーンの音楽はあまり引きずりたくなかった。
「そう思って自分のジャズを演奏していたつもりだけれど、何年も経って当時の作品を聴くと、結局コルトレーン・ミュージックをやっていたことに気がついた。それだけ影響力が強かったということだろう。あのころはわたしも若かったから、何でも吸収していた。ほとんどジョンと行動を共にしていたから、無意識のうちに彼からの影響を受けていたんだと思う。それも強力にね」
コルトレーンの音楽性は引きづりたくない。そんな思いが徐々に膨れ上がって、タイナーは1965年初旬にカルテットを退団する。まさにこれらのレコーディングを終えた直後である。濃密な3日間を過ごしたことで、次なる地平が見えたのかもしれない。
それから40年。現在のタイナーはコルトレーンの正統的な後継者としての地位を揺るぎのないものにしている。
「ジョンから離れようとすればするほど、彼の音楽がわたしの音楽に重なってくる。呪縛としかいえないが、そのうちそれが宿命と思えるようになってきた。天に召されたジョンからの啓示かもしれない」
タイナーがグループを退団した2年半後の1967年7月17日、コルトレーンは肝臓癌であっけなくこの世を去ってしまう。享年40歳。そして、それからジャズ・ファンの間ではコルトレーンの後継者は誰か? というテーマで長い論争が始まる。
「ジョンの音楽が嫌いになったわけじゃない。むしろ、彼のグループを去って時間が経てば経つほど、その音楽に魅了されるようになった。ジョンだったらこうやっているだろうなと無意識のうちに考えながら、いつも音楽を創っている自分に気がつくんだ。それならいっそ彼の音楽を自分なりに発展させてみようじゃないか。どこまでできるかわからないが、あるときからそう心に決めた」
コルトレーンと出会ったことでタイナーの運命は変わった。しかし、それを幸運だったと思っている彼がぼくの前にいる。その目の色の輝きに、充実した人生を過ごしていることが覗われて、こちらまでなんだかすがすがしい気分で一杯になった。
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マッコイ・タイナーとの2ショット(1989年) |
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コルトレーンの許ですごしたインパルス時代の最後を飾ったエリントン作品集。偉大なるジャズの巨人の遺産を洗練されたタッチと歌心によって,端正でダイナミックなプレイを披露する。当時の流行であった新主流派よりもポップ色が濃厚なのも新鮮。
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医者とジャズ・ジャーナリスト、二足の草鞋を履いて、いつのまにか20年以上が過ぎてしまった…。ジャズ好きが高じてマンハッタンに留学してしまった青年外科医。そんな若き筆者と親交を結んだミュージシャンたちとのエピソードを綴った、初めてのエッセイ集。






