愛しのJazzMan
つき合っているフォトグラファーは何人もいるが、ライスの愛称で親しまれているこのひとほどジャズ・ミュージシャンの懐に飛び込んでいくカメラマンは珍しい。内外のアーティストやジャズ関係者から「ライス」、「ライス」と親しみを込めて呼ばれ、本人のひと懐っこい性格も重なり、彼はどんなに気難しいアーティストからもいい笑顔を引き出してみせる。
「写真は趣味」といい切るだけあって、多くのミュージシャンが集まってくるフェスティヴァルでは、昼間の空き時間に自分が撮影したいミュージシャンのフォト・セッションに精を出している姿もよく見かける。ライスに撮ってもらいたいと希望するミュージシャンもいるのだからたいしたものだ。
そのライスの口癖は「ワン・モア」である。
こんなことがあった。ぼくがインタヴューアーでライスがカメラマン。このコンビで、ハービー・ハンコックとデヴィッド・サンボーンの対談を取材したときだ。ふたりの話が終わってフォト・セッションになった。ライスは趣味だから、必要以上にこのときも写真を撮っていた。いい加減に飽きてきたサンボーンが「あとどのくらい?」と聞く。ライスの答えは「ワン・モア」。サンボーンはこれで終わりと思い、「グッド」とかいっている。
ところが、ライスの撮影に慣れているハンコックが、すかさずサンボーンにこういったのである。「こいつのワン・モアはワン・モア・ショットではなく、ワン・モア・ロールのことだからね」。これにはサンボーンも苦笑いするしかなかった。
マイルス・デイヴィスさえ、ライスの前に出ればかたなしだ
。
「あの太ったカメラマン、知ってるだろ? あいつにいっておけ。ひとと握手をするときは手袋ぐらい外すもんだってな」
マイルスからこういわれたことがある。ぼくには何のことだかさっぱりわからない。ただし「太ったカメラマン」には心当たりがある。それでライスにマイルスからの伝言を伝えて、理由を聞いてみた。
こんなことがあったのだ。前日の話だが、マイルスのコンサートで写真を撮るため、ライスはオートバイで会場に向かっていた。信号で止まったときにふと隣の車を見ると、マイルスが乗っているではないか。そこで、彼はマイルスに向かって手を振ってみた。すると、驚くことにマイルスが窓を開けたという。それでこれは握手でもと、慌てて手を出したところ、マイルスが握り返してくれたというのだ。ライスは手袋をはめたままだった。
ライスとマイルスには、ほかにもエピソードがある。舞台のかぶりつきで写真を撮っていたときだ。彼は恐れ多くも帝王に向かって、「マイル〜〜〜ス」と叫んで手を振ってみた。するとマイルスは舞台の一番前まで歩み寄って、彼の目の前でトランペットを吹いたのである。これには、一緒にいたほかのカメラマンも呆れたという。
「呼べば来るんだよね」
平然とのたまうライスである。
彼とニューヨークでマイルスを取材したときにもとんでもない発言があった。それはあるパーティでマイルスと会ったときだ。立ち話だったが、マイルスに話を聞いていると、最初は遠巻きに写真を撮っていたライスがつかつかと近づいてきて、こういったのである。
「それ本物?」
「それ」とは、マイルスが闘病中にサンタナから贈られた金の彫像がついたペンダントのことだ。一瞬マイルスは怪訝な顔をしたが、すぐに気を取り直して、例のだみ声で「イエース」と答えていた。「こいつにかかったら仕方ない」と諦め顔のマイルスというのも滅多にお目にかかれない。まったく動じないこともカメラマンには必要だが、ライスの場合はそれを軽く超越している。
しかし、マイルスはそんなカメラマンのことを、実は内心気に入っていたようだ。憎めない性格だから、冒頭の言葉も怒っていたわけではない。愉快なやつがいるもんだと、楽しそうに話していたのである。
考えてみれば、マイルスは《帝王》と呼ばれるようになってからずっと孤独だった。ライスのように、物怖じせずに接してくるひとは少なかったに違いない。だから心憎からずに思っていたのだろう。
そんなライスだが、仕事もしっかりしている。何しろマイルスのアルバムのジャケットに写真が使われているのだから。それが世界中で発売された『ウィ・ウォント・マイルス』(ソニー)である。
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ハービー・ハンコック、デヴィッド・サンボーンとの3ショット(1995年) |
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