愛しのJazzMan
その年齢にもかかわらず、前向きな姿勢で演奏を続けてきた最高齢のミュージシャンがベニー・カーターだ。1907年生まれの彼は、1990年代になってからも来日公演を行ない元気なところを聴かせてくれた。昔の名声にすがって演奏だけはしているというひとなら、この年齢のミュージシャンもいるにはいる。しかしカーターのようにオーケストラを率いて、いまだに作・編曲もみずからの手でこなしているミュージシャンはほかにいない。その音楽もいまの時代にあって、なお示唆するものが多いのだから驚きだ。いったいカーターの若さはどこからくるものなのか?
その秘訣について、あるときインタビューをしたことがある。答えはこうだ。
「いい音楽を聴いて、美味しいものを食べて、若いひとに囲まれて、常にいろいろなものに好奇心を持つことかな? それにはジャズ・ミュージシャンが一番いい。いまの条件がすべて揃っているからね。それに女性にももてる。これが隠し味だ(笑い)。80になっても色気を失ってはいけない。それがいい仕事をしたいと思うエネルギーの源になる」
そのとおりだろう。ジャズ・ミュージシャンが色気を失ってはいけない。カーターの音楽には昔から色気が感じられた。それがいつの時代にあっても音楽にモダンな響きをつけ加えてきた。
インタビューをした時点でカーターは83歳になっていた。このときはフル・サイズのビッグ・バンドを率いていることに加えて、モダンな感覚の作・編曲にも驚かされた。しかしそれ以上にびっくりしたのが、狭い店内で大音量を発するビッグ・バンドの中に彼がいたことだ。
一般に年齢を重ねてくると、大きな音に体力が奪われることもあって、それを受けつけなくなってしまう。しかしカーターはまったく平気で、大音量を楽しんでいる様子だった。まさに大好きな音楽に体ごと浸っているという風情が感じられた。これこそが精神的な若さであり、肉体的な若さの証拠ではないだろうか。
「音の大きさはまったく苦にならない」
こう語るカーターは、驚くべきことにそのサウンドに身を任せながら微細にサウンドもチェックしていた。休憩時間にインタビューを受けながら、彼は楽譜の書き直しに余念がない。その日のミュージシャンのコンディションに合わせ、少しずつ譜面を直していたのだ。こんなひとはデューク・エリントンとギル・エヴァンス以外に知らない。そのエリントンですら、晩年はアシスタントに譜面を書き直させていた。それを、80歳を越えてもカーターは当たり前のこととしてやっていた。これも若さの秘訣かもしれない。
しかしここだけの話、ぼくはカーターの秘密をひとつだけ知っている。それは特製の補聴器を愛用していたことだ。この分野では、日本が最先端の技術を誇っている。しばらく前から、彼は日本に来るたび、最新の補聴器を購入していた。そしてその話が、どこからか補聴器メーカーの開発者に伝ったのだろう。
あるとき、カーターの楽屋に見知らぬ人物が訪ねてくる。そして彼が紙袋の中からいくつかの補聴器を取り出した。聞けば、それらは試作機で、ジャズ用に周波数が調整してあるという。この人物、相当なジャズ・ファンの様子で、これまでにも何人かのミュージシャンに頼まれたり、自分から申し出たりして、そのひとに合う補聴器を製作してきた。
さっそく、カーターがそれらを試してみる。市販のものより高音部の響きが強くない。そのことを話すと、低音部を補正したものや、入ってくる音量によってある程度音の大きさを抑える機種も持ってきたという。それらも試して、注文があれば、そのオーダーどおりのものもおそらくは作れるでしょうという話になった。
そういうわけで、このときの滞在中に何度かやりとりをして、カーターは自分にぴったりの補聴器を手に入れることができた。もちろんくだんの開発者氏は料金など取る気はさらさらない。尊敬するカーターが、これでさらに素晴らしい音楽を演奏してくれるなら、それだけで本望とのことだった。
インタビューを終えて、ぼくはその補聴器を見せてもらった。形は不恰好である。しかし、そこには手彫りで「for BC」と書かれていた。
「音楽を知っているひとが作ってくれたお陰で、それまで以上に細かい音が聴き取れるようになった。日本は本当に素晴らしい。熱心に耳を傾けてくれるファンもいれば、わたしの体を気にかけてくれる技術者もいるのだから」
これもカーターが若さを保つ秘訣に繋がっているのだろう。
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ベニー・カーターとの2ショット(1991年) |
関連情報
お奨めCD●『Swingin' the Twenties』(Cotemporary)内容
1920年代から活躍していたベテラン・アルト・プレイヤーにして作・編曲家でもあるベニー・カーターが、その1920年代にヒットした名曲をモダンでスインギーなスタイルのジャズとして甦らせた。スイング派の大御所ピアニストであるアール・ハインズを迎えたことから、当時の雰囲気も良好な形で反映されている。(by 小川隆夫)
小川隆夫の本●「となりのウイントン」「あの頃のマンハッタンの匂いがプンプンして懐かしい気分になるよ」(日野皓正氏の帯コメントより)。
医者とジャズ・ジャーナリスト、二足の草鞋を履いて、いつのまにか20年以上が過ぎてしまった…。ジャズ好きが高じてマンハッタンに留学してしまった青年外科医。そんな若き筆者と親交を結んだミュージシャンたちとのエピソードを綴った、初めてのエッセイ集。







