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エンターテインメント 愛しのJazzMan

#038 ビリー・エクスタイン(vo) 文=小川隆夫 JAZZを中心に活躍する音楽ジャーナリスト小川隆夫さんが、これまでに出会い、言葉を交わしたミュージシャンたちの生の声を通して、JAZZの魅力を伝えるシリーズです。

ミスターBことシンガーのビリー・エクスタインは、マイルス・デイヴィスが世に出るきっかっけとなったオーケストラのリーダーである。1944年、マイルスは高校を卒業して地元のイースト・セントルイスでミュージシャンの道を歩み始めていた。そんなある日、街に彼のオーケストラがやってくる。
 オーケストラには花形スターになりつつあったチャーリー・パーカーとディジー・ガレスピーが参加していた。このふたりがアイドルだったマイルスは、彼らのプレイが観たくてリハーサルを覗きに行く。そして、その場で病気のため欠員が出たトランペット・セクションに臨時で雇われる。マイルスがニューヨークに出ることを決意したのは、この体験に刺激されたからだ。以後は憧れのふたりの弟分よろしく、摩天楼の下で右往左往しながら修行時代を過ごすようになる。

さて、エクスタインである。彼とは、あるとき雑誌のインタヴューで初めて顔を合わせた。歴史に残るオーケストラのリーダーでもあり、自身も優れたジャズ・シンガーとして名声を欲しいままにしてきた。その彼と会えるのだから、こちらの緊張も極限に近い。
ところがホテルのロビーに現れたエクスタインは、一見どこにでもいる気さくな初老の紳士だった。昔は美男子で売り、渋い歌声は若い女性をおおいに魅了した。そのイメージで待っていたものだから、最初はなかなかぴんとこない。銀幕でも活躍したスターである。さぞかしオーラを放っていることだろう。そう思っていたが、実際に会ったエクスタインは、その辺で売っているようなジャージの上下姿で、とても寛いでいた。

それでこちらもぐっと気が楽になった。インタヴューのテーマはマイルスとの出会いである。しかし話しているうちに、さすがスターの貫禄が感じられるようになってきた。朗々と響くバリトン・ヴォイスは、目の前で歌をうたっているような錯覚にとらわれる。
「正直な話、マイルスのことはまったく憶えていない。その後、ニューヨークで彼から自己紹介されても、誰だっけ? というくらいのものだった。バンドにはすごいメンバーがたくさんいたから、その中で目立つのは難しかったんだろう」

《ジャズ界の帝王》と呼ばれたマイルスでも最初はこんなものだ。ところが2年後の1946年にはこう変わっている。
「ニューヨークで何度か演奏を聴いて、マイルスをバンドに誘ったことがある。そのときは、彼が学校(ジュリアード音楽院)に通っていたこともあって断られてしまった。そうしたら、今度は向こうから入れてくれって来たじゃないか。こちらはトランペッターがひとり必要だったし、ヤツが入ってくれるなら高給で雇うといったんだ」

しかし、エクスタインとマイルスの共演はこれが最後になってしまった。そしてときは流れて1988年、ぼくはニューヨークの「カーネギー・ホール」の客席にいた。長年の功績を称えて「セレブレイティング・ミスターB」と題されたコンサートが開催されたのである。主役はエクスタインだ。コンサートの中ごろになって、「サプライズ・ゲストの挨拶があります」のアナウンスが場内に流れた。
舞台の下手にスポットライトがあたる。その光の中で眩しそうな顔をしながら出てきたのはマイルスそのひとだった。滅多にスピーチなどしない彼が、エクスタインのために登場したのである。場内は、それだけでスタンディング・オヴェーションの嵐となった。
マイルスは、マイクの前に出て、「シィィィィーット」といってから、たったひとこと、例のかすれ声で呟くように「Mister B is not for yours. This cat is only for me.」と口にする。あとは照れたような笑顔を浮かべ、となりにいたエクスタインと抱き合っている。そこでまた盛大な拍手に包まれ、次はエクスタインがお礼の言葉を述べる。

「高校を卒業したばかりのマイルスがわたしのバンドでトランペットを吹いていたとは、実をいえば、ひとにいわれるまで気がつきませんでした。その後に彼が有名になってくれたお陰で、わたしも多くのひとから認められました。《マイルスを発掘した男》ってね。でも、わたしこそ《マイルスに発掘された男》なんです」

もちろん、これは謙遜だ。エクスタインはマイルスがバンドに加わった時点でジャズ界を代表するスターだった。その彼がチャンスを与えてくれた──。マイルスは功なり名を遂げたあとでもその恩を忘れていなかった。その思いが「Mister B is not for yours. This cat is only for me.」に集約されている。


ビリー・エクスタインとの2ショット(1987年)

ビリー・エクスタインとの2ショット(1987年)



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Billy Eckstine was one of the top singers to emerge in the late 1930s and 1940s, with a deep baritone voice that stood apart and became very influential on future jazz singers. He had a broader range than his contemporaries; most of the male singers in black swing orchestras either performed jump tunes or sang ballads with high voices. Eckstine used his deep, masculine voice with equally high skill on romantic ballads and jazz songs, and he was even an underrated scat singer. Eckstine also holds a special place in jazz history because of his leadership of one of the very first bebop orchestras. This important compilation contains 20 of Mr. B's most beloved jazz recordings, heard together on a single CD for the very first time, with remastered sound, detailed notes by Scott Yanow and rare historic photos.

となりのウイントン小川隆夫の本●「となりのウイントン」
「あの頃のマンハッタンの匂いがプンプンして懐かしい気分になるよ」(日野皓正氏の帯コメントより)。
医者とジャズ・ジャーナリスト、二足の草鞋を履いて、いつのまにか20年以上が過ぎてしまった…。ジャズ好きが高じてマンハッタンに留学してしまった青年外科医。そんな若き筆者と親交を結んだミュージシャンたちとのエピソードを綴った、初めてのエッセイ集。

小川隆夫(おがわ たかお)Takao Ogawa

音楽ジャーナリスト、整形外科医、DJ、音楽プロデューサー。

ニューヨーク大学大学院在学中にアート・ブレーキーやブランフォード、ウイントンのマルサリス兄弟をはじめ、多くのミュージシャン、音楽関係者と交流を深める。帰国後、『スイングジャーナル』誌の連載を持つと共に、JAZZを中心に約3000本のライナーノーツを手がける。

小僧comアドバイザリーボードメンバー小川隆夫のJAZZブログ「Keep Swingin'」

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