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エンターテインメント 愛しのJazzMan

#039 ハンク・モブレー(ts) 文=小川隆夫 JAZZを中心に活躍する音楽ジャーナリスト小川隆夫さんが、これまでに出会い、言葉を交わしたミュージシャンたちの生の声を通して、JAZZの魅力を伝えるシリーズです。

ようやく『愛しのジャズメン』(東京キララ社)が出版されたので、今回はその中からエピソードをひとつ。最初はこの連載をまとめて単行本化するつもりだったが、結局50本すべてを書き下ろしのエピソードでまとめることにした。興味があるかたはぜひご覧になってください。またこの連載を中心にした第2集も夏の終わりごろに出版する予定なので、そちらもよろしく。

幸運なことにハンク・モブレーとは一度だけだが会うことができた。マンハッタンは43丁目の「タウン・ホール」に隣接するニューヨーク大学のクラブ・ハウスでのことだ。
1985年2月22日。この夜、「タウン・ホール」ではブルーノートの新たな活動を祝うコンサート「ワン・ナイト・ウィズ・ブルーノート」が開催された。出演者のリストには入っていなかったものの、ブルーノートに幾多の名盤を残したモブレーがオールスター・メッセンジャーズに加わって演奏するのでは? という噂も流れていた。
コンサートで音楽監督を務めるマイケル・カスクーナによれば、モブレーは1970年代初頭に故郷のフィラデルフィアに戻って以降、肺疾患に悩まされ、年に数度の演奏しか行なっていないという。それでも彼からの連絡によれば、この日は久々にニューヨークへやってくることになっていた。体調さえよければステージにあがるという返事も受けていた。

日本のファンが愛してやまない「リカード・ボサノヴァ」は1965年録音の『ディッピン』で発表されている。そしてこのブルース・フィーリングが横溢した演奏によって、アメリカではやや過小評価されていたモブレーが日本で絶大な人気を獲得したのである。
ブルーノートに残された『ハンク・モブレー・クインテット』や『ディッピン』を聴いて青春時代に心を熱くたぎらせていたぼくとしては、まだ見ぬ彼に思いを巡らせ、当日がくるのを楽しみにしていた。そして本当にモブレーが舞台に登場したのである。体調が優れないため演奏はできない旨を挨拶したのだが、その姿を目にしただけで充分だった。

コンサート終了後、夜中の2時を回ってから、ニューヨーク大学のクラブでパーティは開かれた。深夜にもかかわらず会場は多くの関係者でごった返し、さながら満員電車のような賑わいを見せていた。その中で、ひとりぽつんと立っていたのがモブレーである。
ブルーノートの全盛期に活躍した仲間が会場では華やかな注目を浴びていた。その横で静かに飲みものを手にしていたのがモブレーだ。そんな彼に話しかけていいものかどうか、しばし躊躇したが次に会える保証はない。それを思い、意を決して言葉をかけてみた。
とはいっても、「日本では「リカード・ボサノヴァ」がいまだに凄い人気ですよ」とか、「いまも『ディッピン』はジャズ喫茶でよくかかりますよ」など他愛のない内容である。それでもモブレーは古い日記の頁をめくって昔を懐かしむように、いろいろなことを話してくれた。
ただし、日本でモブレーの代名詞のように思われている「リカード・ボサノヴァ」についてはすっかり失念している様子だった。ぼくがそのタイトルを口にしたときもキョトンとしていたからだ。

実は直後にマンハッタン・ジャズ・クインテットのレコーディングがあって、この曲も吹き込まれることになっていた。ところがさびの部分が誰も正確に思い出せない。そこで図々しくも本人から聞き出そうと考えたのだ。しかしモブレーがこの曲を覚えていなかったとしても仕方がない。自分が書いた曲ではないし、アメリカでは流行った形跡もないから、録音してそれっきりの曲だったのだろう。
印象的だったのは、「きっとニューヨークに戻って演奏する」のひとことだった。「それならいつかどこかであなたの演奏が聴けますね」といって別れたが、現実としてサックスを吹くにはあまりに体調が悪そうに思われた。

ところがそのモブレーがクラブ出演を果たしたのである。「ワン・ナイト・ウィズ・ブルーノート」が強い刺激になったのだろう。同じ年の11月、7番街の2丁目と23丁目の間にあるジャズ・クラブ「アングリー・スクワイア」でのことだ。その後も本格的な復帰を目指し、懸命な努力を続けていたモブレーである。しかし思いは病魔に通じなかった。1986年5月30日、彼はフィラデルフィアの病院で肺炎のため死去している。カムバックを期待した多くのファンの望みもむなしく、愛すべきテナー奏者は天に召された。


ハンク・モブレーとの2ショット(1985年)

ハンク・モブレーとの2ショット(1985年)



関連情報

『Dippin'』 お奨めCD●『Dippin'』(Blue Note)
ハンク・モブレーは2度にわたってジャズ・メッセンジャーズに参加したことで、最初はハード・バップを代表するテナー奏者のひとりと目されていた。ところが60年代に入ってからは徐々にファンキーな味を表現するようになってくる。これはそんな彼の決定盤ともいえる一枚。中でもジャズ・ロックに通ずるボサノヴァのリズムにブルージーなフィーリングを加味した<リカード・ボサノヴァ>は、親しみやすいメロディもかけ合わさり、その後のモブレーを語る上で抜きにできない代表的な1曲になった。彼にとってもこのころがもっとも高い評価と人気を獲得した時代に相当している。共演者のリー・モーガンもこの手の演奏は得意中の得意にしていたことから、こちらもジャズ・ファン好みの魅力をおおいに発揮してみせる。

「愛しのジャズメン」 小川隆夫の本●「愛しのジャズメン」(東京キララ社刊 税込1,575円)
ミュージシャンやジャズ関係者との個人的な交流の中から垣間見える、彼らの素顔や微笑ましいエピソードを綴る「愛しのJazz Man」。同じテーマで本連載とは別のエピソードをまとめたのが「愛しのジャズメン」です。
小僧comでは、本書を小川隆夫さんのサイン入りで販売いたします。本連載と合わせてお楽しみください。
ご注文はこちら

となりのウイントン 小川隆夫の本●「となりのウイントン」
「あの頃のマンハッタンの匂いがプンプンして懐かしい気分になるよ」(日野皓正氏の帯コメントより)。
医者とジャズ・ジャーナリスト、二足の草鞋を履いて、いつのまにか20年以上が過ぎてしまった…。ジャズ好きが高じてマンハッタンに留学してしまった青年外科医。そんな若き筆者と親交を結んだミュージシャンたちとのエピソードを綴った、初めてのエッセイ集。

小川隆夫(おがわ たかお)Takao Ogawa

音楽ジャーナリスト、整形外科医、DJ、音楽プロデューサー。

ニューヨーク大学大学院在学中にアート・ブレーキーやブランフォード、ウイントンのマルサリス兄弟をはじめ、多くのミュージシャン、音楽関係者と交流を深める。帰国後、『スイングジャーナル』誌の連載を持つと共に、JAZZを中心に約3000本のライナーノーツを手がける。

小僧comアドバイザリーボードメンバー小川隆夫のJAZZブログ「Keep Swingin'」

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