「“話のタネ”に食べてみた!史上最強 セレブのお取り寄せ」
3大テノールの一人、パバロッティの実家はパン屋さんだった。父親は聖歌隊でも活躍していたパン職人で、パバロッティは毎日、香ばしいパンの香りに包まれ、父親の美声を聴いて育ったという。毎年クリスマスシーズンには、名物のスポンジケーキ、パンドーロ(黄金のパン)の甘い香りが家中に充満していたに違いない。
"歌うパン職人"としても知られる東京・西荻窪リスドォル・ミツのオーナー廣瀬満雄も生まれ育った家はパン屋さん。そういえば、ふっくらと恰幅のいいところはどこかパバロッティを思わせる。カンツォーネの歌い手になることを夢見ていたが、高校一年のとき、「歌を習いたいから音大に行く」といって父親にこっぴどく叱られ、母親に泣かれた。勘当された。だがそんな彼がサラリーマン生活、脱サラ、コンサルタントなどを経て結局たどり着いたのは、丁稚奉公からの叩き上げでもあった父親と同じパン職人だった。
リスドォル・ミツの完全無添加高級食パン「ブラビッシモ」、1本5千円。
ブラビッシモ(Bravissimo)とはイタリア語で、ブラボー (Bravo) の最上級の形容詞。オペラや演奏会で拍手と共に「ブラボー!ブラビッシモ!」と声援が飛ぶ。声楽家をめざしていた廣瀬ならではのネーミングだろう。「世界一のパンを作りたい!」と自信を持って世に送り出した渾身の作品。となれば、こちらにも食べるまでにそれ相応の準備と心構えが要求される。トーストにするにしても、パンのカスや、焼け焦げたピザや餅の痕や、焼いたアジの干物の匂いがこびりついているトースターにただ放り込むのでは、Tシャツにジーンズでうっかりオペラハウスに足を踏み入れるようなものだ。それでは申し訳ない。
そこで、とびっきり極上のパンを焼くため、京都の「金網つじ」が老舗料亭に卸しているというセラミック付きの焼き網を発注した。食パンを一枚一枚、ちろちろとガス火で焼くことにしたのだ。トースト一枚にずいぶんと仰々しいと思われるかも知れないが、5千円もする食パンを、給食のパンを牛乳で流し込むように無造作に食べるわけにはいかないではないか。
ほどなくして焼き網が届いた。「焼きナスを焼いても早く上手に焼けます」という店主のメッセージに心惹かれながら、いやいや何はさておき、パンを焼くのだと覚悟を決めて、トーストの儀式を執り行う。ガス台に焼き網をセットする。弱火で網を温めた後、厚切りにした高級食パンを一枚、うやうやしく網に載せる。炎がパンを直撃していないか、腰をかがめてのぞき込む。とろ火にして、ときどきパンを持ち上げては焼き加減はどうかと裏を見る。次第にうっすら焦げ目が浮かび上がってくる。そろそろかなと裏表をひっくり返す。なんということはない作業なのだが、これが正直、楽しい。第一、パンを焼くのにかつてこれほどまでに真剣になったことがあっただろうか。トーストはトースターで焼くものと、いったい誰が決めたのか。
ブラビッシモの原料はリッチだ。国産小麦100%、平飼い地鶏の有精卵、岩手中洞牧場のエコロジー牛乳、岩塩、三温糖、きび砂糖、そして廣瀬自らが山梨の秘密の水場で汲んでくる魔法の湧き水など、とびっきり極上の素材で作られている。仕込みから焼き上げまで27時間。自家培養のビール酵母作りに228時間もかかっているので、合計255時間。最近は天然酵母のパン屋さんも増えてはいるが、酵母から手作りする店はまだわずか。そして何よりすごいのは、これらの自然素材を使いながらも無添加であること。リスドォル・ミツは安全性の面から長年国産小麦にこだわりつづけているが、国産の小麦はグルテン質が少なく膨らみにくいというのが業界の常識だ。ところが廣瀬は発酵促進剤や膨張剤をまったく使用せずに、ふっくらとしたパンを焼き上げている。パン作りを知る人に言わせれば、これはもはや「神ワザ」の領域だという。そうだ、言い忘れた。彼はパン業界では知らない人はいないほどの有名人であり、無添加有機パンを普及させた草分け的存在でもあるが、20数年前、無添加パンの普及に励んでいた頃、業界紙に叩かれ、時には恫喝され、事実上製パン業界から完全に干されていた時期もあったという。出る杭は打たれる。それでも出る杭は出る。
トーストに戻ろう。いい香りがしてきた。そろそろ焼けたかなとパンをひょいとつまんで用意した皿に移す。そして次の一枚を焼き網にそっと載せる。焼き上がったパンを、そのままちぎって食べてみる。むむむ。これは魅惑の食感だ。口に含むと、さくっ、ふわぁととろけて、贅沢な甘さが広がる。天然酵母パンにありがちなパサつきや酸味もまったくない。伸びやかな舌ざわり。驚いた。そうこうするうちに二枚目も焼き上がる。英国王室やフランス三つ星レストラン御用達の高級発酵バター「エシレ」の青(無塩)を塗ってみる。すると、その上品で爽やかなミルクの風味が、ブラビッシモの個性をより強く際立たせるではないか。思わず「ブラボー!ブラビッシモ!」と声を上げたくなる。大げさでもなんでもない。そしてまた一枚、焼きたくなる。かくして世界一の高級食パンは、あっという間に胃袋に納まった。

「ブラビッシモ」全体

焼き網で食パンを焼く
▽リスドォル・ミツ
ブラビッシモ
価格:5,000円(1本 3斤分)
http://homepage3.nifty.com/mutenkap/
東京都杉並区西荻南3-8-7
03-3332-9683
協力:世界バリバリ☆バリューの本「史上最強!セレブのお取り寄せ」
(アスコム刊 大好評発売中)
関連情報
▽京都「金網つじ」製セラミック付き焼き網金網つじは、昔ながらの手編みの技法を用いて細かな金網細工の調理器具を作り、老舗料亭や和菓子店に納めている。9月にドゥマゴ文学賞を受賞したエッセイスト平松洋子さんが美味しいトーストを求めて30年、たどりついた結論が、この金網つじの焼き網だという。現在、リクエスト殺到につき、IH(電磁調理器)用の焼き網を試作中だとか。(今秋発売予定)
http://www.kanaamitsuji.com/tenpo/index.html
▽わぐりたかしプロデュースの本「美食の王様 パン〜絶対おいしい92店、厳選の210種」(筑摩書房刊)
テレビや雑誌で大人気! AllAboutの食べ歩きグルメガイドとしても活躍中の"美食の王様"こと来栖けいの最新作。史上最強のパンランキングです。







