「“話のタネ”に食べてみた!史上最強 セレブのお取り寄せ」
それにしても一粒三千円とは、ただごとではない。
創業天保五年の老舗から、壺入りの梅干しがうやうやしく桐の箱に収まって届いたのだが、さてこれが畏れ多くて、なかなか封をほどくことができない。
梅干しといえば、戦時中、"日の丸弁当"の日があったと聞いて驚いた。国中に「贅沢は敵だ」というスローガンが掲げられ、毎月一日、ごはんに梅干しだけの"日の丸弁当"が強制されていたというのだ。もっともその日の丸弁当も戦況が悪化すると白いごはんどころではなく、麦ごはんになり、やがて芋ごはんになったというが、とにもかくにも梅干しは質素倹約のシンボルだった。それは戦後に至っても変わらず、ミスター合理化と呼ばれた故土光敏夫臨調会長が、晩ごはんのおかずにメザシ一匹とキャベツと大根の葉、それに梅干し一個というきわめて質素な生活を送りながら行革に執念を燃やしていたのは1980年代前半のこと。そうそう、落語に「しわいや」というケチ道を極める噺もある。「梅干しを朝半分、昼半分、晩はタネをしゃぶって割って中味を食べる」というケチが出てくると思えば、上には上がいたもんで、「ごはんをよそったら梅干しをじっとにらむ。するとだんだん口がすっぱくなってくる。すっぱい唾が溜まったらごはんを食べる。どうだい梅干しはいつまでたってもなくならない」なんていう吝嗇の王様ともいうべきつわものまで登場する。とまあ、いつの時代も梅干しは質素倹約の象徴だったはずなのだが、それが一粒三千円とはいったい何事が起きたのか。さてこの梅干し、どうしたものか…。
しばし思案に暮れてのち、秋田大館の伝統工芸士、栗盛俊二(老舗「栗久」六代目当主)を訪ねた。彼は、イギリス、オーストラリア、中国など世界中を巡り、日本の匠の技である「曲げわっぱ」を紹介してまわっている。伝統をしっかり受け継ぎながら、「職人の仕事はお客様の求める商品を作り上げること。自分の考えでつくった商品を売るのは職人ではない」と言い切り、常に新しいものを生み出そうと創意工夫をしているプロフェッショナルでもある。そんな六代目を訪ねたのは、ほかでもない。天然秋田杉のわっぱの弁当箱で"日の丸弁当"をこさえようじゃないかと思いついたのだ。六代目が作る曲げわっぱのお櫃や弁当箱は、時間がたってごはんが冷めても美味しくいただけると評判だ。香り、甘み、粘り、艶が一層きわだつ"不思議な玉手箱"とさえ言われている。これなら一粒三千円の梅干しも文句はあるまい。
さあ、炊きあがった土鍋ごはんを、弁当箱と一緒に買い求めた曲げわっぱのお櫃にいったん移す。さすれば白飯は銀シャリとなる。かくして脇役の準備は万端だ。そろそろ主役にご登場願おう。どれどれと桐の箱にうやうやしく収められた壺を取り出し、ふたを持ち上げると…、中には竹の皮にくるまれた大粒完熟でふっくらとした南高梅の梅干しが一粒、鎮座ましましている。金粉でいろどられた別名「吉兆茸」と呼ばれるめでたいさるのこしかけ(霊芝)が添えられていて実に優雅で貫禄さえ漂わせている。同封のしおりを見ると、古くから「申年(さるどし)の梅は縁起がいい」と重宝されてきたようだが、平安時代、村上天皇が申年に漬けられた梅干と昆布入りのお茶を飲んで病を治したことに由来する。なかでももっとも縁起がいいとされるのが60年に一度の甲申年(きのえさるどし)に漬けられた梅干しだということだが、今目の前にある梅干しはまさにその甲申年だった2004年に、おはらいの神事を5度も行って清めた梅を使っている。そのありがたい梅を、にがりを含んだ天日塩と梅塩、赤穂の塩、そしてさるのこしかけを加えて漬け込み、土用丑の季節に七日七晩土用干しをして、ふっくらやわらかに仕上げている。まだ終わらない。さらに樽で一年寝かせた後に、日本三大美人の湯の一つ、秘湯龍神渓を源とする透き通った地下水をくみ上げ、水洗いをして極上なものだけをより分けてようやく完成となる。時を重ねるほど酸味がやわらぎコクが出てくるとうたわれているが、賞味期限はたっぷり60年、2064年まで長期保存が可能だ。ちなみに商品名にもなっている「五福」とは、長寿、財力、無病、徳、そして天命をもって終わること。これはこれは縁起の良い梅干しであることは間違いなさそうだ。
さーてと。ほどよく湯気が抜けてつやつやしたごはんを、まっさらな曲げわっぱの弁当箱へと盛り込み、あたかも王位継承の戴冠式のごとく、梅干しをごはんの真ん中にそっと載せてみる。日本一の弁当箱に日本一の梅干しだ。これぞまさに日本一の日の丸弁当。見るからに旨そうである。しげしげと眺めていると梅干しにつられてすっぱい唾が溜まってくる。ええい、食べてしまおう。ごはんと梅干しの端をつまんで共に口へ放り込む。すると、杉の移り香がほのかに鼻腔を刺激するはらはらと粒だったごはんと、思わずうなるほどの酸っぱさの中に上品な甘みを感じさせる梅干しのやわらかな果肉が相俟って美味絶佳。
ところで新たな問題が急浮上した。一粒三千円もする梅干しのタネはどうしたものか…。その答えが見つからず、この文章を書いている今も、すっかり味のなくなった梅干しのタネが、口の中でまだころんころんしている。

日の丸弁当
協力:世界バリバリ☆バリューの本「史上最強!セレブのお取り寄せ」
(アスコム刊 大好評発売中)
関連情報
紀州五代梅本舗 東農園「甲申年の梅 五福」
1粒(壺入) 3,150円(税込)
本社:和歌山県日高郡みなべ町東本庄836-1
TEL 0739-74-2487 FAX 0739-74-2682
十七代三百年の歴史がある代々庄屋だった家が梅作りを始めたのは天保五年(1835年)、十一代目当主の頃。以来五代にわたって梅を育てている老舗中の老舗である。
秋田大館の伝統工芸品・曲げわっぱの老舗「栗久(くりきゅう)」弁当箱(小判型・大)(W200xD130xH42mm) 9,975円(税込)
おひつ(5合)(φ230xH120mm) 42,000円(税込)







