「“話のタネ”に食べてみた!史上最強 セレブのお取り寄せ」

ガス入りか、ガスなしか、それが問題だ。
今どき、レストランでミネラルウォーターを注文すると、ガス入りかガスなしか、究極の選択を迫られるが、ちょっと待った! 夏には適度に胃袋を刺激してくれて爽やかなガス入り炭酸水も、秋口から冬にかけてはそのおせっかいが、少しばかりうっとうしくなってくるし、かといってガスなしも何だかちょっと物足りない。とはいえ日本のレストランでは、ガス入りかガスなしか、さあ今すぐどちらかを選べと、四季を問わずオールシーズン二者択一のプレッシャーをかけてくる。そのくせガス入りを選ぼうにも、せいぜいペリエかサンペレグリノのいずれかだ。もう少し口当たりのやわらかいシャンパンのような微炭酸水が欲しい。
そうそう、これだこれだ、"水のドンペリ"、シャテルドンが届いた。
別名"ミネラルウォーターのロマネコンティ"ともいわれる超高級微炭酸水だ。ほんの数年前まで日本では入手不能で、原産国のフランスでも年間わずかな生産量のため、ごくごく限られた高級ホテルや一流レストランでしか飲むことができなかった幻の水だ。ハイグレード感漂う上品なゴールドのラベルに「1650」と数字がデザインされているが、これは、ヴェルサイユ宮殿を建造して贅の限りを尽くしていたフランスの太陽王ルイ14世が体調を崩したとき、侍医ファゴンが「この水は、閣下の健康を回復させ、その重圧感から解放し、また、常に癒してくれるでしょう」(原文:Les eaux de Chateldon guériront votre Majesté quelquefois,la soulageront souvent et la consoleront toujours.)と献上した年が1650年であったことに由来する。そう、硬度1158mg/lとミネラルたっぷりのシャテルドンは、当時、健康を取り戻すための薬代わりだったのだ。太陽王は、たちまちこの水に魅了され、東にアルプス山脈、西にピレネー山脈が走る中央高地、オーベルニュ地方シャテルドンの水源から、定期的に水をラバの背に載せてヴェルサイユへと運ばせた。現在、ボトルのラベルに、そして瓶のキャップに、ルイ14世のシンボルである太陽神アポロンが刻印され、"太陽王の水"とも呼ばれている。ちなみに、シャンパンの生みの親、ベネディクト派の僧侶ドン・ピエール・ペリニヨンとルイ14世はまったく同世代であることを付け加えておく。シャンパンもシャテルドンもヴェルサイユの賜だ。
さて、我が一族にも、遠路はるばる水を運ぶ太陽王がいる。
名は陽一郎、太陽の陽と書く。父である。その父から10リットルのポリタンク5個と手紙が届いた。「最近旅先で左腕を骨折したが、ギプスをしながら水を汲んだので届ける。今回は、丹沢大山のいつものヤビツ峠・護摩屋敷水ではなく、反対側、日向薬師の湧水だ。日本三大薬師のひとつ、日向薬師は、大好きな寺なので、いつか案内したい。次回は玉川温泉の水を送る」云々。見慣れた達筆な文字で、そうしたためられていた。
父は、水の旅人だ。
暇さえあれば、美味しい水、命の水を求めて各地に出没している。水に関しては一家言あり、「横浜の水は赤道を越えても腐らない」が口ぐせだ。明治の頃より、外国航路の船長や船員のあいだでは常識だそうだが、きっと船乗りだった祖父から何度も聞かされていたに違いない。実際、横浜の水は、丹沢水系の道志川を水源とし、古くから世界中の船員たちに親しまれ、補水のためだけに寄港する船もある。ちなみに今、横浜山下公園に係留されている氷川丸が祖父の船なのだが、かつて豪華客船として活躍していた氷川丸は、戦時中は病院船として、パラオ、ラバウル、ニューギニア、ソロモン、トラックといった灼熱の南方戦線を、機雷や爆撃を除けながら駆けめぐり、負傷兵の治療と送還にあたっていた。祖父にとって水は、まさに「命」そのものだったに違いない。父の中に祖父が生きている。
そうだ。同じ東京に居ながら、年に一度、会うか会わないかの父だが、最近すっかり酒に弱くなったと風の便りに聞く。ならば、命の水の返礼に、水のドンペリ、シャテルドンを献上しよう。口当たりがとても繊細で、きめ細やかな泡が上品で、ほんのりと甘く感じる天然の微炭酸水だ。シャンパンを飲んでいるような気分になること、うけあいだ。これなら酒の代わりにもいけるし、おまけにミネラルたっぷりだから、旅先で骨折した左腕、早く治るかもしれませんよ、父上様。
ところで今回、"梨ゴレン"、"柿フライ"につづいて、駄洒落グルメシリーズ第3弾、"シャテル丼"を作ろう、と一瞬思ったが、ルイ王朝時代から綿々と築き上げられてきた太陽王の水、シャテルドンの品格を損なうといけないので、また別の機会に…。
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グラスに注ぐ |
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キャップの太陽神 |
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