第2回「今月の小僧」 一泉ナオ子さん

「今月の小僧」第2回は、女性小僧の登場です。某外資系企業の財務担当役員という立場で、財務会計全般、予算管理、内部統制、コンプライアンス等々を担当する経営幹部として企業の中枢で働くスーパーキャリアウーマン一泉さん。

「二通りの私がいるから、毎日が充実します」
米国会計士の資格もお持ちでビジネス界を颯爽と生きていらっしゃいますが、実は月に4~5回というステージをこなすジャズボーカリストとしての顔もお持ちです。 「シンガーとしてのキャリアは短いですし、毎回緊張します(笑)。先日お越しくださった晩もテンションが上がりすぎてしまって、もう目一杯だったんですよ」。
とはご本人の弁ですが、その歌姫姿もまた堂々としていてパワフル。 インタビューの数日前に聴かせていただいたライブでは、歌い始めた瞬間に内側から活気がふつふつと沸きだしてきたような静かなる凄みを感じました。 「とにかく普通の人に比べるとかなり頑張ってきてしまったっていうのでしょうか。自分で高いハードルを作って、それにチャレンジ、乗り越えてきたのかな」。
と語る一泉さん。インタビューではいたって冷静沈着なムードでいらっしゃいましたが、語られる人生観からはかなりの熱さを感じました。
“根性”の血人

「今となれば笑い話ですが、“婚期が遅れる!” と留学を許してくれない父だったので、大学卒業後、勘当寸前で憧れのアメリカに渡りました。英語? 大好きだったので、すごく勉強しました。大学生のときに英検1級をとっていたし、困らなかったですね」。

慶応義塾大学英米文学科卒業後、ロサンジェルスのファッションの学校に通った一泉さんは、やがて現地で仕事に就かれます。

「専門学校でしたが、憧れのアメリカの学校を首席で卒業できたことは、驚きでしたし、本当に嬉しかったです。卒業してやっとみつけたアシスタントデザイナーとしての職では、週給制なので毎週金曜日の夕方に小切手をもらうのですが、ウィークエンドを過ごして月曜日に出社すると一緒に働いていた人がクビになっているなんていうことも日常茶飯事! 職場での自分の存在価値を自分なりに確認する習性が身につきましたね」。

チーフデザイナーに昇格、将来は自己ブランドのデビューを計画していましたが、ここで思いもよらぬ人生のピンチを迎え岐路にたたされます。そして、ファッションデザイナーとしてのキャリアを捨て、ゼロからの再出発を決意。

「未知への挑戦は途方もないプレッシャー。でもこのハードルを乗り越えない限り自分はこの先には進めない」という辛い決意から、突然、米国公認会計士を目指されます。

「とにかくこのハードルを乗り越えることで見える新しい世界にしか、自分の生きる場所はないと思ったんです。それが私流の挫折克服法でした。とは言うものの1年勉強して駄目なら、料理研究家になろうかな、とも思っていたんですよ。ロサンジェルス時代は子供のころから好きだった料理ざんまいで、よくお友達をもてなしていましたから」。

そして、1年余りの猛勉強の後、晴れて米国公認会計士の資格を取得されます。 
世間の女性たちから憧れと言われる言葉が並ぶ一泉さんのプロフィールですが、その表面下では、不屈の努力があったのも事実です。

「米国公認会計士の勉強をしている頃、同じ勉強をしている人はまわりにほとんどいなくて、教材ももちろん英語で、半分独学という孤独な受験生でした。その当時、実は母も大学生だったんですよ。50歳をとうに過ぎた彼女が夜な夜な徹夜で試験勉強している姿を見て、自分がくじけるのは申し訳ない、と思いながら頑張りました。彼女は確か“全A”で卒業したと思います。父も大学で教鞭をとっていた熱血教授でしたし、勉強好き親子だったのかも」。
“根性”の血はご両親様から受け継いでいらっしゃるのかもしれません。

男性のDNAが含まれているのでは?
「歌うときは、昼の自分とは別の自分になります。全く違うモードになるんです。環境はもちろんのこと、お化粧やヘア、服装も変わりますしね。会社で男性に混じって仕事しているときにはまったく忘れている感覚ですね」。
パッと見には女性らしさに溢れる一泉さんからの意外なコメントです。

「オフの時間?うーん、昔からあまりのんびり休めないタイプなんですよ。これは自分にとっての課題かもしれませんけれど。ゆとりとかリラックスとかってヒマな人のせりふだと思って生きてきましたから(笑)・・・」。

緩やかにカーブした髪を揺らして微笑む女性から出てくる言葉とは思えないほどの“男らしい”言葉。
「でも、女性ヴォーカルである自分も、ビジネスに身をおいている自分も、両方ともとても自分らしいのだと思います。どっちが本物とか、どっちが嘘ということではないので・・・。自分の中にある二面性を満足させるべく今のライフスタイルができてきたように思います」。

会社の仕事も歌も中途半端になるのでは?と悩んできたという一泉さん。でも今は、これらの全く異質な二つの世界のバランスの大切さを実感されているそうです。
奇しくも、発表されたばかりの2006年の秋冬ファッショントレンドでは、この二面性も話題のテーマになっています。男性的な部分も女性的な部分も纏っていることが、現代の素敵な人の条件なのではないでしょうか。


人生はまだまだ未完成

「私は、一見、派手で社交的だと思われがちですが、その実、質実で人付き合いが億劫なタイプ。ひとりでいる時間が結構多いですね。会社から帰宅して家に着いたら、まずは服を脱ぎ捨てて楽な格好になる。お風呂の支度をしながら、音楽をかけて、お湯をわかしてつまみをパパッと作り、氷を出して一杯飲む。これが一日の安らぎなんです」。

そんな風に自分に合った方法にこだわりながらエネルギーを静かにチャージしながらも、人生への欲求はかなり旺盛でいらっしゃいます。

「ジャズヴォーカルとの出会いは、私の人生に大きな影響を与えるものでした。ジャズのリズムとその上にのる英語の歌詞が作りだす絶妙の世界にとりつかれた訳ですが、なんと言っても、人前でパフォームするということは、等身大の自分と向き会わなければならず、『エエカッコシ』の自分との闘いでもあります。そういった意味ではシンガーであること自体が精神修養のプロセスに身をおいているともいえますね。
昼間のビジネスの世界とは全く異次元のこの世界に入り込んだ当初は、何もかも勝手が違い、戸惑うことも多かったですが、ステージを重ねるにつれ、ミュージシャンやお客、ライブハウスの経営者、そしてヴォーカル仲間との交流を通して、ジャズを歌う楽しさは、人や人の心とのかかわりについて学ぶことが多く、世界が広がったことは大きな宝だと思っています。二つの世界を行き来することはそれだけでかなりのエネルギーを使いますが、得るものは大きいです」。

10年後、20年後も、続けていくことで何かが開けていくことを信じたいと語りながら浮かぶ、幸せな笑顔に惹きつけられます。

「日々の問題点や悩みの解決へのチャレンジの中でみつける小さな気付きや発見は、くじけそうになる自分に希望を与えてくれます。これからも今まで同様に『カッコ悪く』ベソかき悩みながらチャレンジし続けるのでしょうね。でも、今はそれが自分らしい生き方なのだと納得するようになりました(笑)」。

残りの人生をどう開拓しよう、そんな気持ちをキラキラと語ってくださいました。ジャズ以外にも、秘かに進行中の新しいチャレンジプランをお持ちとか。一泉さんの人生はまだまだ完成とはいかないようです。



インタビュアー:土本真紀


プロフィール

一泉ナオ子 一泉ナオ子(いちいずみなおこ)
東京都杉並区出身。
慶應義塾大学英米文学科卒業後、単身渡米。ロサンジェルスにてデザインスクールを首席で卒業し、ファッションデザイナーとして活躍。後に米国公認会計士の資格を取得し、帰国後は大手会計事務所、外資系企業及び独立コンサルタントとしてキャリアを積む。
現在は、米国系IT出版社のCFOを務める傍ら、ジャズシンガーとして2足のわらじで奮闘中。

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