今月の小僧 第4回 杉山"Tac"隆司さん
このサイトの注目NEWコラム「人生は常にアドベンチャー」の書き手であり主人公、杉山"Tac"隆司さんにスポットをあてる'今月の小僧'。日に焼けた顔で颯爽とインタビュー場所に現れ、次々と面白い話が語られていく。「僕の人生はたまたまの連続ですよ。心がけていることといえば、自分に自分で限界を設けない、諦めない、ということですかね。50歳にもなって・・・とか、そういうことは一切考えたことがない。だから、コラムでも書き始めたG4チャレンジに挑戦したんだけどね」。杉山さんといえば、特にオリエンテーリングの世界では知らない人はいないという有名人。今回は、「コントロール」と呼ばれるオリエンテーリングのマーカーを回るように、杉山小僧の現在までのストーリーに迫ってみよう。
![]()
「高校2年でイギリスに留学をしたんですよ。プリンス・チャールズが名誉校長をしている由緒あるインターナショナルスクール。イギリス人だけが大勢いるわけではなくて、世界中いろいろな国からの生徒がきていました」。文武両道を重要視するこの高校は、勉強は午前中と夜で午後は運動というタイムスケジュール。そして、もちろん全寮制。学校から一番近い村までは歩いて30分。食事は長いテーブルで全生徒一斉に食べる。校舎は古いお城・・・。まさに、ハリー・ポッターの世界だ。「イギリスに留学したことは、全ての原点だと思います。勉強だけ出来ても駄目で、人間は'3本の柱'を持つべきだということを徹底的に教えられたのもこの高校時代。たとえばそれは勉強+運動+芸術ですよね。オリエンテーリングとも、この高校時代に出会ったんです。新入生キャンプで夜中にやらされたんだけど、これがもう、面白くて、楽しくて。」
日本にいたときはサッカー少年だったという。元来、運動能力には秀でていたが、運動+知力を要求されるオリエンテーリングは、杉山小僧の好奇心と探究心に火をつけたようだ。その後、オックスフォード大学時代は、まさにオリエンテーリング三昧。「170戦近くの大会に参加しましたね。大学3年の時に全英選手権で優勝、その後の世界選手権では個人26位。このときの記録は、今でも日本人としての最高順位記録なんです」。オリエンテーリングの魅力は?と尋ねると「ひとりで自然の中を走っていること」という。秀でた体力、強い足腰、しなやかな精神力、はオリエンテーリングによって形づくられてきたと言えるだろう。
オリエンテーリング
地図とコンパスを用いて、山野に設置された「コントロール」をまわりゴールまでの所要時間を競う過酷な野外スポーツ。日本ではレクリエーションのようにとらえられがちだが、実際には「走る」競技。運動能力はもちろん、ナビゲーション能力が求められる。イギリス留学時代、1976年世界選手権ゴール前の激走
![]()
「とにかくでっかいものを作りたかった。たとえば、ダムとか、橋とか、空港とか」。そんな夢を持っていた杉山小僧。が、橋を作る会社ではなく、なぜかソニーへの入社を決める。「いやあ、ソニーではアルバイトをしていただけだったんですけどね。留学先で当時のソニー会長盛田さんの次男と偶然にもご学友(笑)で、盛田家にはちょくちょく遊びに行っていましてね。そんなつながりで、ちょっとアルバイトをさせてもらって。でかいものが作りたい、という話を盛田さんにしたら'うちで一番でかくて重いものを作ればいい'と言われ、そんなこんなしているうちに、試験なしで入社していました」。何より、ソニーの社風、いや、ソニートップ盛田氏の言葉が、杉山小僧が思い描く人生観と偶然にもぴったりフィットしたことが入社を決意した理由らしい。
「僕は、大学を卒業したら、日本の会社に入ろうと決めていたんです。日本の会社で、世界を相手に仕事をしようと思っていました。海外に5年間もいると、だんだん日本人としてのアイデンティティがなくなってくる。でも、僕が通った高校で教えられたのは、単なる国際人になれ、ということではなくて、自分の国を代表して世界で活躍できる人間になれ、ということ。そのために、若いうちに生活レベルで世界に触れ合うことが必要なんだ、と教えられていましたからね」。ソニーはインターナショナルカンパニーと言われるが、それは、日本の技術、日本の文化で世界に楽しみを広げるということ。まさしくあなたの言ったことをソニーが実際にやっているんですよ、と盛田氏に言われた杉山小僧がここを働き場所に選んだのは、偶然というより、まさに必然だったと言えるだろう。
![]()
「ソニーに入ってからは、財産の全てはスキーに使いました(笑)。高校大学時代はとにかくオリエンテーリングに夢中だったけど、日本に帰ってきたら、その情熱を維持できなかった。地形の問題。競技レベルの問題。地図の質。とにかくわくわくしなかったんですよ。で、会社のスキー部に入ったこともあって、もう、そっちにのめりこみましたね」。最終的にはスキー正指導員とクラウンの資格を獲得。この時代、11月終わりからゴールデンウィークまでは毎週スキーに出かけたという。「シリコンバレーに赴任してからの9年間は、今度はゴルフです。元々ゴルフは軽蔑していたんだけど、何せシリコンバレーでしょう。ここで日本人でゴルフをやらなかったら馬鹿と言われるほどの環境ですよ。ゴルフをする地形はオリエンテーリングにも通じるものがあるんです。感じる空気、風、緑。共通項が多いから余計にゴルフにはまったのかもしれないですね」「オペラに出会ったのもアメリカにいた時代です。2つのオペラハウスのシーズンチケットを買って、仕事を調整して必ず見に行っていました」 とにかく、何かを始めたら一直線だ。仕事をして、運動をして、文化に触れる。高校時代の教え'3本の柱'も忠実に実行してきた。「そして、最近はアドベンチャーレースですよ。チームターザン※1としてのレース。もうあれはたまらなく面白い。あとは、またオリエンテーリングなんです。また、ここに帰って来たという気分です。マスターズ世界選手権で10位以内を目指して体を鍛えなおしていますよ」。
![]()
「何をしても'軸足をどこに置くか'というのが重要だと思います。僕は、とにかく軸足は世界。もちろん日本人というアイデンティティはしっかり持つ。軸足を世界に置いているから、たとえばウィンドサーフィンを始めたときは'いつかマウイのあの波に乗るぞ'と思う。実際に行ってましたよ、マウイ。ループで鼓膜を破いてしまったけどね(笑)。プランニングの目標が世界ということが重要なんです」。最年長で所属するチームターザンを世界の大会に導いたのも、この杉山小僧のプランニングによるもの。「チームターザンに応募して、選考に通った。で、僕は世界のアドベンチャーレースに出るもんだ、って思い込んでいたんですよ。いつやるんですか!と編集部に息せき切って聞いたら'えっ?'という感じだったから逆に驚きました。だけど僕は絶対に出たい。チームのメンバーは少しびびっていたけど、結局は自分たちでスポンサー探しを始めたりして、世界大会への参加を実現させました」。小僧サイトでのコラム「人生は常にアドベンチャー」で紹介される「ランドローバーG4チャレンジ※2」への参加のきっかけも、このアドベンチャーレースのスポンサー集めの時だった。「G4チャレンジは、車の性能、GPS、衛星インターネットという3つのテクノロジーがアドベンチャーに加わったらどんな遊びが出来るんだろう、ということを真剣に考えて生まれた、大人のための究極の贅沢な遊び。面白くないわけがない。常に世界のフロンティアで徹底的に遊ぶ、というイギリス人の精神があってこそ生まれたレースだから、すごくよく理解できる。このレースに出ることは、自分の人生にとっても何かの節目になると思っていたし、実際にそうだったね」。G4チャレンジについては、これから綴られていく彼のコラムを楽しみにしていただきたい。「人生は常にアドベンチャー」と語りながら、まだまだこの先に新しいアドベンチャーを探している。それが、杉山小僧という人だ。
「高校時代はいたずら好きだったね〜。ホームシックなんて1回もかからない。友達が寝ているベッドをひっくり返したり、水入り風船をぶつけたり。いたずらばっかり。たまに見つかって罰として週末に芝刈りや雑草抜きをさせられてね」「明日は飯能にトレーニングに行くよ。あ、だからこのピザ、食べていいかな」 高校時代の杉山小僧と現代の杉山小僧がオーバーラップする。「原点があって、その後にやったことが血となり肉となって熟成して、今がある。人間は変わっていくけれど、芯にあるものはひとつ。僕にとってはその源がオリエンテーリングかな。最近またオリエンテーリングを始めたのは、まさに、原点回帰ですね」。
将来は、舞台は地球、旅を住処としたいと語る杉山さん。小僧は、一生小僧のまま変わらない。そのことを鮮烈に感じさせられた。
インタビュアー:土本真紀 / 写真:清水信吾
関連情報
※1 チームターザン
雑誌「ターザン」(マガジンハウス)の呼びかけで結成された、アドベンチャーレースにチャレンジする読者アスリート達のチーム。
※2 ランドローバーG4 チャレンジ2006
ランドローバーが主催する、究極のグローバルアドベンチャー。2003年の第1回に続き、2006年に第2回が開催された。ランドローバーの最新モデル「レンジローバースポーツ」「ディスカバリー3」を使い、タイ、ラオス、南米ブラジルを経て、ゴールであるボリビアを目指す、知力と精神力、スキルと才知を賭けた、1ヶ月に渡る冒険レース。








