今月の小僧 第6回 澤泉雅之さん
形成外科自体は知られているが、その中の再建外科という分野はまだまだ一般的ではない。再建外科とは、体のある部分が失われた場合に、それ以外の部位から骨、筋肉、皮膚、神経などを切り離して移植し、移植先の血管や神経と吻合したり、時には人工物を使って復元してゆく方法。特にガンなどで身体の機能や外観を大きく損ねた際に有効だが、少し前までのガン治療では、冒された部分を切除することがまず重要であり、失った部分をつくるという事は技術的にも難しかったという。
癌研有明病院はまもなく設立100年を迎える日本でいちばん古いガンの専門病院だ。その病院ですら形成外科が正式にできたのはつい最近のこと。澤泉先生は1989年から週に1度のペースでこの病院の整形外科を手伝ってきたが、去年から正式に形成外科の医師として勤務している。
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「以前は、ガンでの外科手術は取り除けば終わりだったんです。しかし、四肢や頭頚部では、手術により腫瘍を取り除くことで、同時に皮膚や骨など体の形態そのものを失ってしまうことが少なくありません。「腕は残ったけれども物をつかむことができない」、「物を食べる機能は残ったけれども笑うことができない」など、日常の動作に甚大な支障が生じてしまうこともある。そこで、失ってしまった部分をもとの形に近い状態に戻すのがリコンストラクション(再建)です」
医療の発展から多くの人の生命を病気やケガなどから救うことが可能になったが、生命の長さのみに注目するのではなく、「人間としていかに生きているか」「生きている状態の質」を重視すべきという考え方が広まっている。患者のクオリティ・オブ・ライフ(QOL=生活の質)をさまざまな尺度で評価し、それを重視した治療を行うことが、現代医療に求められているという。
「再建外科の代表として挙げられるのは、乳ガンによる乳房の再建、食べることや発声を確保する、顔の表情などの形態を再生するといった頭頸部の再建、骨肉腫などの際、手足の温存治療を目的とする整形外科分野が主なものです。その他、事故での手指の切断の再接着なども数多く経験してきました」
移植した部分を身体の機能として再生させるため、血管1本1本をつなぎ合わせ、血が巡る生きた組織としての移植が必要だ。骨も神経も血管も移植ができる。0.5o程度のリンパ管でも縫いつなげる、と頭で理解してみても、顕微鏡下で髪の毛の10分の1の細さの糸を使って縫う、というのはなかなか想像し難い。
きわめて繊細で、しかも正確、丹念に行われねばならず、医師には細かい神経と高度の技術と忍耐力が要求される作業。まさに職人技、マイスターの世界なのだ。
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さて、そんな澤泉先生のもうひとつの顔が、フェラーリのミニカー収集家。1946年の初代フェラーリから年代順に集め続けているダイキャスト・タイプ、細部にわたるスーパーディティール再現のハンドクラフトものなど、その数実に1000台超。正確な数は分からない。澤泉先生曰く「数を数えられるうちはまだ本物のコレクターではない」のだとか。
さらに、集めたミニカーはすべて自ら撮影して年代順にファイリングされている。そのファイルをつくるためにフェラーリそのものについても詳しく勉強しなければならないというから、もはやフェラーリ評論家の域に達しているといってもいい。
ドクターの表情とはまた違う無邪気な笑顔。自宅の書斎には医学書と並んでフェラーリのミニカーが艶やかに輝いている。まさに男の隠れ家といった雰囲気で妙に楽しい。
ミニカーを集め出したのは大学生のとき。1980年代、当時熱狂的に盛り上がっていたF1に魅せられたのがきっかけだった。
「はじめは3000円ぐらいから8000円ぐらいのダイキャストものをちょこちょこ買い集めていました。お金なんてなかったですからね、ミニカーショップでもっぱら眺めているだけ。現在は1000台以上所有していると思いますが、なんといっても25年の歳月をかけていますからね(笑)」
澤泉先生がいくつかガラスケースから取り出して見せてくれたのは、コレクションの中でもかなりの値打ちものばかり。じっくり顔を近づけてみて見ると、その精細なこと驚くべし、だ。極小のボルトが対のナットにねじ込めるようになっていたり、ドアやトランクが開くのはもちろん、窓ガラスが開閉し、ステアリングを切るとタイヤが動く。部品に穿たれた穴は、針より細い。完成車の完璧さもさることながら、ため息ひとつで吹き飛んでしまいそうな、部品ひとつひとつの細かさと工作精度の高さには感動するしかない。
「集めているうちに、どんどん本業に近い細かい世界のミニカーにハマっちゃって(笑)」と澤泉先生。
米粒より小さな部品と格闘して、精密なミクロの世界を紡ぎ出す。その美意識は確かに形成外科に通じるところがあるようだ。
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「子どもの頃、外科医だった父親が毎日のようにプラモデルを買ってきてくれたんです。プラモデルだけは毎日没頭していても叱られることはありませんでしたね」
跡継ぎにしようと思っていた息子の手先の訓練に、とのことだったのか。おかげで「当時のプラモデルでつくっていないものはない」ほど。もちろん、手先も抜群の器用さを持つようになった。いま思えばミクロの形成外科医の素養はこの辺で形づくられたのかもしれない。
「スーパーディティールと呼ばれるハイメカニズムを緻密に再現したミニカーは、もともとはキットで売っている金属のモデル。ただし、つくる職人(モデラー)によって様子がまったく違うものになる。値段も驚くほど違うんです。ワンシーズンのF1でも、レースごとに微妙に違うウイングの形とか…、そこまで再現するレベル。職人たちの美意識がミニカーを特別なものにしているんですよ」
大の男が思わず立ち尽くしてしまう美しいミニカーが、ヨーロッパにはまぎれもない文化として存在する。誰もがつくれるわけじゃない、誰がつくるかによって仕上がりも大きく変わり、値段も大きく差がつく一一。
「形成外科も同じところがあるんです。誰にもつくれないものをつくってやる、っていう気持ちが似ている。手先の器用さだけではなく、創造性や美意識が求められる世界なんですね」
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高度な技術を駆使した繊細な作業と、長時間の緊張が続く日々一一。
その仕事の疲れを癒すプライベートなアイテムのひとつに、ミニカー収集がある。
「正直、再建外科の形成外科医は驚くほど儲かるという仕事ではありません。でもお金の問題ではなくて、僕はこの仕事から人間としての喜びを見いだすことができた。朝起きると、手術のことをずっと考えている。難しい手術ならもっともっと前から考える。だけど、すべての時間を考え続けているわけじゃなくて、また考え続けられるわけもない。そこでリラックスできるいろいろな環境やモノがあって、そのひとつがミニカーということです」
「本来細かくて几帳面な性格だから整理しなければ気がすまないし、美しく飾らないと気がすまない、写真をきれいに撮らないと気がすまない(笑)。僕の場合そういうのって、仕事にもつながってくるんですよね。だから、趣味でも仕事でも、究極まで追い求める姿が全てのことにおいて次のステップにつながっているという感じです」
澤泉先生の夢は、引退したら自分でじっくりとキットを組み立て、自分で納得のいくモデルを製作すること。
「パーツは200以上ありますからね。時間もかかる。他の人がルーペを覗いてつくっているなら僕は顕微鏡でつくってやろうと(笑)。それは冗談だけど、ミニカーづくりの職人はみんなルーペを使っている。本当に僕の仕事と似ているんです」

(左)仕事場にて
(上)コレクションに囲まれて (下)ご近所の社交の場「沢庵」にて
インタビュアー:下川原和代 / 写真:笠原修一
澤泉雅之(さわいずみ まさゆき) Masayuki Sawaizumi
財団法人癌研究会有明病院・形成外科医長。
1986年東邦大学医学部卒業後、同大学形成外科勤務。2005年4月より財団法人癌研究会有明病院形成外科医長。がん治療において頭頚部、乳腺、整形外科領域など、機能と形態を回復するための再建外科手術に数多く携わるなど医師として一線で活躍する一方、世界有数のフェラーリのミニカー収集家としても有名。
小僧comアドバイザリーボードメンバー







