今月の小僧 第9回 小川隆夫さん
「僕にとってはどちらも大切な人生の一部。2種類の体験を交互にすることで自分の中でいいバランスが保たれていると思う」小川さんは、膨大なレコードコレクションに囲まれた一室でそう語ってくれた。
2万枚を有に超える世界的なレヴェルのレコードコレクション。そのうちの半分は倉庫に保管、それでも部屋の壁一面はLPで埋め尽くされている。「システマティックに物を集めるのが好きだから、リストを作って片っ端から集めたという感じだね」マニアが見たら卒倒する名盤の数々。とりわけブルーノート・レーベルは、創立者アルフレッド・ライオンから世界で唯一人の完全コレクターと認められたほどだ。
小川さんとジャズとの出会いは彼が中学2年生だった頃まで遡る。
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それはちょうど東京オリンピックの年だ。高校生や大学生の間でアイビー・ルックが流行り始めていた頃。あるとき、彼は定番だったVANのボタンダウンのシャツを銀座に買いに出かけた。店内でふと耳に飛び込んできたのは、これまで聴いたことのないボサノバのサウンド。ベンチャーズやビートルズを聴きまくっていた少年にとって、気だるく熱っぽいその音楽は実に新鮮であり、どこか大人の味を教えてくれるような気がした。
その日、シャツの代わりに買った1枚のレコードが、スタン・ゲッツとジョアン・ジルベルトの『ゲッツ/ジルベルト』。ボサノバもジャズも、その言葉すらよくわからなかった少年のその後の人生を変えたアルバムである。
そして3枚目に購入したスタン・ゲッツのアルバムで初めてジャズの音を聴いた。「ボサノバかと思って買ったらジャズだった。なんだ、とがっかりしたんですが、せっかく買ったんだからと思って聴いてみたら好きになった。それがジャズとの出会い」
医大生時代はジャズの学校にも通い、週2回のペースで理論とギターのテクニックを学ぶ。そこでバンドを組んだメンバーと赤坂や六本木のバーで演奏をし始め、あっという間にセミ・プロのような存在に。さらには本格的にプロダクションに所属しプロとして活動したこともあったという。ホテルのラウンジや歌謡曲の伴奏、有名な歌手の地方ツアーに同行したこともある。こうなるともう勉強どころではない。おかげで2年生を2回やるはめになったのだ、とか。
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浪人したり留年したりしながらも、77年には晴れて医師に。これで落ち着くかと思いきや、そうはいかない。大学病院の医局に勤務していた小川さんは81年から83年の約2年間、ニューヨークの大学に留学をしてしまう。
「それも隠れ蓑で。本当はジャズを聴きに行ったんです。教授には医学を勉強しに行くと言って」
かねてから本場のニューヨークでジャズが聴きたいと思っていたが、医者になったらそんなチャンスは滅多なことがなければあり得ない。そこで考えたのが留学という奥の手。教授と大学病院に掛け合って、小川さんはあえてニューヨーク限定で大学を選び、ニューヨーク大学大学院に留学することとなった。学生時代から夢に描いていた“いつかニューヨークで暮らしてみたい”という思いが、医者としての勉強という思いがけない方向からかなったのである。
「昼は真面目に大学院で勉強して、夜はジャズクラブに行ってという生活。2年間で600回以上ライヴに行きましたね」
そのせいもあって、2年目からはニューヨーク中のジャズクラブでいわゆる顔パス、タダで入れるようになってしまった。
「例えば有名なヴィレッジ・ヴァンガードというクラブがあるのですが、貧乏学生だからそう毎日は入れない。そこで地下にある店だから、中に入らないで階段のところで立ち聴きしていたんです。そうしたらオーナーのマックス・ゴードンというおやじが「ここで聴くならお金を払え」と言う。「お金がない」「じゃあ出て行け」「半分払うからここで聴かせろ」といったことを何回か繰り返しているうちに親しくなった(笑)」
次第に出入りのミュージシャンとも親しくなる。
「日本のジャズファンなら録音年代とかレコードレーベルとか、ちょっとした知識ってあたりまえにありますよね。そういったことを話すとミュージシャンたちはとても喜んでくれた。医者でマニアックなジャズファンのヘンなヤツがいるって、けっこう知られるようになったんです」
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留学中、ジャズクラブが軒を連ねるグリニッチ・ヴィレッジに住んでいた小川さんは、ある運命的な出会いを果たす。
当時、ジャズミュージシャンとして頭角を現していたウイントン・マルサリスが、偶然にも隣のアパートに住んでいたのだ。挨拶程度の会話から次第に親しくなり、いつのまにかウィントンを慕う若手とともに彼の部屋を訪ねるようになっていた小川さんは、これを機に数多くのジャズメンと親交を深めていく。ジャズメン特有のミュージシャンシップに迫る小川さんの鋭い眼力は、身も心もジャズにどっぷり浸かっていたこの頃に培われたのかもしれない。
「彼との交友関係を通じて2年間でミュージシャンのネットワークが偶然にできてしまった。日本にいた頃は仕事もプライベートも先輩と後輩。それが外国で生活するようになって、医者以外の人とも友達になれた。ジャズとジャズミュージシャンの素晴らしさにも目一杯触れることができた。そのことがあったから後にジャズの仕事ができたんだと思う」
83年に帰国し、雑誌社の人との出会いがあって原稿を書き始めるようになった。本場のジャズクラブ仕込みの英語はなによりの強み、それにミュージシャンとの私的な交流もあることから、依頼は殺到。特にインタビューの仕事が多く、これまでに延べ1500回ほどもミュージシャンから直に話を聞いてきた。
医師との仕事とはまったくかけ離れた世界のようではあるが、
「ジャズの即興演奏(アドリブ)は“出たとこ勝負”みたいなところがあるでしょう。実は手術も予測できないことの連続。そういうときは、どれだけ臨機応変に対応できるかが鍵となります。まさにアドリブの極地といえるのかもしれません。ただし、これは失敗の許されない真剣勝負。ジャズも、僕の場合は、遊びや楽しみでもありましたが、一方でお金をもらって演奏しているときは真剣勝負でした。自分の持てる技術と創造性を最高のレヴェルでその時間に発揮する。手術もまったくこれと同じです」と小川さん。アドリブは、当然のことながら音楽の基礎がなければできない。基礎を元にどれだけ自分ならではの表現ができるか、そんな“アドリブ”の世界は、小川さんの持つ2つの職業に共通するものがあるという。
大学病院を辞めてからは、先輩たちが経営する街のクリニックを曜日ごとにまわる。医療の最先端に携わっていたときも現在も充実度はまったく同じだ。
「高齢者社会になって、ぼくが日常的に診療している患者さんもお年寄りが多くなりました。老化現象からくる膝や腰の痛みなどを訴えるひとが割合的に多くを占めます。治療というほどのことはできません。でも、大病院にいたときよりは、患者さんとのコミュニケーションに時間が割けますし、医療の現場にいることを実感しています」
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年に4、5回NYへ飛ぶ。マンハッタンにあるマンションには必要なものはすべて揃っているので里帰り感覚。取材など仕事がらみも少なくないが、基本的には息抜き。友人のミュージシャンたちとの再会を楽しむ。
「自分のことを振り返ると、勉強することがジャズにのめり込むことの免罪符になっていたというような感じですね。遊びながらジャズだけを聴いていたら楽しくなかったかもしれない。ジャズも勉強も真剣にやっていたから楽しめたんだと思う。理想を言えば何もしないで遊んでいたい、ということだろうけど、実際にそうなったらつまらないと思うんですよね。だから僕は多分ずっと何かをし続ける。お金になるかどうかわからないけど、何か面白いことを追い続けていると思いますよ」
彼がいま考えているのは、ジャズの歴史の旅。ニューオリンズに端を発し、ミシシッピー川に沿って上流へ。メンフィスからセントルイス、カンザス・シティ、ダヴェンポート、そしてシカゴ…、そして最終的にニューヨークへ一一。
「ミュージシャンの生家とかジャズクラブの痕跡とか、もちろん直接何かが残っているわけではないのかもしれない。でもジャズが生まれて100年以上経ったいま、僕なりに改めてジャズに思いを馳せる旅をしたいと思う。
とはいうものの、なかなか踏ん切りがつかない。いつでもできると思っているんだけど、イージーにはやりたくないという気持ちがあるんですよね」
でも彼はいずれ、ニューオリンズに旅立つに違いない。これまで願ってきたことを次々と実現してきたように。
左上:マイルスとの写真を見ながら
右上:壁一面のレコード
右下:診察室にて
左下:白衣の小川氏
インタビュアー:下川原和代 / 写真:笠原修一
関連情報
ジャーナル小僧で連載中の「愛しのJazz Man」が本になります。発売は、3月中旬。詳細は、追って「愛しのJazz Man」関連情報でお伝えします。
小川さん初のエッセイ
「となりのウィントン」(NHK出版)
好評発売中。
小川隆夫(おがわ たかお)
整形外科医。音楽ジャーナリスト。
1950年東京生まれ。東京医科大学卒業後、81年〜83年までニューヨーク大学大学院に留学、リハビリテーションを専攻。NY留学中に、アート・ブレイキー、ウィントンとブランフォードのマルサリス兄弟など多くのミュージシャンや音楽関係者と交流を深める。帰国後ジャズを中心に音楽ジャーナリストとしての活動を開始。他に翻訳、インタビュー、イベントプロデュース、レコードプロデュース、近年はクラブDJなど、その活躍は多岐に渡る。主な著書に「マイルス・デイヴィスの真実」「ブルーノートの真実」、芥川賞作家平野啓一郎氏との共著「TALKIN’ ジャズx文学」などがある。最新作はエッセイ「となりのウィントン」。ジャーナル小僧「愛しのJazz Man」好評連載中。
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