今月の小僧 第14回 安孫子由実さん

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女性同士のグループや中高年のカップルなど、そぞろ歩きの人波を縫って神楽坂を登りきったところ、毘沙門天の先に、本家鮒忠神楽坂店はある。ちょうど昼の営業が終わり、し〜んとした店内に足を踏み入れると、大きな焼き物の壷に品よくいけられた花が出迎えてくれた。
鮒忠といえばお父さんたちの居酒屋というこれまでのイメージが、あっけなく覆されてしまう。
奥のテーブルでお話を伺う間、ずっと気になっていたのが、お店のスタッフを呼び出すボタン。着物の小紋柄の布地で覆われているのだ。お話を聞かせていただく中で、花はもちろん、店の中に置かれた調度やこういった小物にいたるまで、老舗居酒屋チェーンを継いだ三代目社長としての思いや決意が込められていることが伝わってきた。
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昭和21年、祖父根本忠雄によって鮒忠は開業する。当初は川魚を扱っていたが、冬の魚が獲れない時期につなぎとしてはじめた焼き鳥が大当たり。鶏肉を串にさして焼き、大々的に販売することを始めたのは日本で最初と言われ、祖父は「焼き鳥の父」とも呼ばれた。その後、鳥の丸むし焼の販売も始め、これも大ヒットとなる。
のれん分け制度の導入、店舗数の増大、経営の近代化・多角化と、小さな川魚屋だった鮒忠は、創業者である祖父の代で、すでに単なる飲食店から飲食産業へと成長していた。
さらに祖父から社長の座を受け継いだ父の代には、飲食業としては日本初となるフランチャイズシステムを本格展開し、さらなる店舗の拡大を図る。経営の近代化や多角化をいっそう進めた二代目だが、初代の実績を引き継ぎ、守りを固める経営であり、鮒忠は安泰ではあるものの、いわば踊り場にあった。
そんな中ある事件をきっかけに、当時主任であった彼女は、いきなり常務取締役に就任。経営に積極的に関与することとなった。その後、鮒忠レストランシステムズの社長に就任し、グループの顔でもある居酒屋チェーンの指揮を執りつつ、グループ全体の社長を務める弟と共に、常務取締役として鮒忠グループを支えている。
居酒屋鮒忠の三代目として彼女が目指したのは、踊り場からの脱却、いわば第二の創業期と位置づけて大きな変革をもたらすこと。
これまでのサラリーマンの居酒屋というイメージから、女性にも入りやすい新しいタイプの居酒屋を目指して全店の改装を手がけるなど、社長就任以来、先頭に立って現場を取り仕切ってきた。
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短大を卒業後、出版社で記者として4年を過ごした彼女は、結婚を期に退社し、鮒忠に入社する。出版社に勤めたのも、一度は外の飯を食べたほうが良いという家族の勧めがあったからで、いずれ祖父や父と共に鮒忠で働くことは、彼女にとっては当然のことだった。
「自分の人生から鮒忠を切り離して考えたことはなかったんですよ」。
祖父や父が、常々自分の店や会社があること、お客様や従業員に対して「ありがたい」と話していたこと、逆にそれ以外の仕事がいかに大変かという話が子供心に刷り込まれ、鮒忠で働くことは自分にとっても周囲の人間にとっても幸せなことだと素直に思っていた。
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経営者として、そして人間としても尊敬する祖父の口癖だが、これはそのまま一族の気風となった。
36歳で主任から突然常務取締役となったときにも、驚かれたものの暖かく周囲に受け入れられたのは、この教えが自分自身だけでなく、周囲の人たちの中にも生きていたからかもしれない。
今でも、業界の中で女性社長はほとんどいない。年上の男性が圧倒的に多くを占める状況で、最初はなかなか慣れずにたいへんだったし、今でも苦労がないわけではない。しかし「祖父と父が残してくれた財産だと思ってますが、目上の先輩の方々にすごく助けていただいています」ともいう。祖父や父の口癖だった「ありがたい」という気
持ち、「怒るな」「いばるな」「欲張るな」という精神が、彼女の中に脈々と受け継がれていればこそ、異端と見られかねない彼女がすんなりと受け入れられているのではないだろうか。
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常務に就任以来6年、居酒屋部門の社長になって2年、これまではとにかく仕事一筋に、現場の先頭にたってというスタイルでやってきた。しかし、自分で掲げた第二創業期の変革もひと段落したこともあり、今は静観の時と位置づける。
現場のことは現場の人間に任せ、彼らが困ったことに直面したときだけ相談に乗り、指示も出す。そうして人を育てることこそが、今自分のするべきことと考える。
「食は、人とふれあい、人を幸せにする仕事だと思うんです。すごくアナログだけど、直接お客様に接することで、殺伐としている世相に、うるおいを与えることができる。自分の仕事をきちんとすることが社会貢献にもなるのだという自負心をもって、従業員一人一人と共に仕事を楽しむことで、お客様を幸せにしたい」と考えている。
「今はまるで学校の先生のような感じです」という。部下に対しては、たとえ相手が年上でも自分が親の立場で接することを心がけている。「なかなか難しくて、今はそれが課題でもあるんですけど」という彼女の表情は、それでも落ち着いて頼りがいのある、ゆとりに満ちた表情だった。そんな落ち着きやゆとりが、お店を彩る生花や調度、スタッフ呼び出しボタンのカバーなどの肌理細やかな気遣いとなって現れているように思われる。
「好調のときには見えなかったことが、つまずくことで見えてくることもあると思うんです」と、今「ありのままを受け入れる」ことを自分に課している。
「ほめられたい、結果を出したい」と思う反面、「人と競争することはスポーツでもあまり好きじゃない」ともいう。
常に自分自身を静かに見つめ、自分の弱さや困難に対峙し克服する。不惑の年、まさに静観の中で堅実に次のステップを踏み出そうとしているようだ。
左:本家神楽坂店のスタッフと
右上:店長への指示だし
中央:スタッフ呼び出しボタン
中央下:店内を飾る調度
右下:迎えてくれた花
インタビュアー/写真:堀込多津子
安孫子由実(あびこ ゆみ)
鮒忠レストランシステムズ株式会社社長。株式会社鮒忠常務取締役。
短大卒業後、東京ニュース通信社に入社。記者として活躍するが、結婚を期に退社し、鮒忠に入社。入社10年目、突然の抜擢で常務取締役となる。その後、鮒忠レストランシステムズの社長に就任。第二創業期と位置づけ、全店の改装を手がけるなど鮒忠のイメージ刷新に努めている。







