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ライフスタイル 今月の小僧 第19回 林恵子さん

大”林さんと“小”林さん。

「40歳で社長になる」と決心して、その通り40歳で日本ランズエンドの社長に就任。45歳には自分で事業を立ち上げると決意し、ちょっと遅刻したものの、昨年末その夢も見事に実現した林恵子さん。

大胆でありながら細心、豪放でありながら緻密という、相反する二つの性格を、絶妙なバランスで内包しているように見える彼女。新しい事業を進める今の自分も、“大”林さんと“小”林さんという自身の中にいる二人の林さんの存在になぞらえて語ってくれました。

300戦全敗?の果てに

日本の大学を卒業後、1年という約束で留学したアメリカ。卒業を間近に控えた頃、どうしてもアメリカに残りたい、ここで働きたいという思いが募り長文の手紙を両親宛にだす。当然反対され、すぐに帰国しろという返事がくるかと思っていたら、意外にも届いたのは「あなたがそれでハッピーならば」という承諾の返信だった。
そこで猛然と就職活動を開始。300通以上の履歴書を各社に送るが、ことごとく不採用。自分に自信をなくし、半ば諦めかけたころ、たった1社から面接の通知が来た。喜び勇んでロサンゼルスに向かう。
就職はしたものの、ビザの関係でその会社は1年で辞めることに。翌年からは同じロサンゼルスにあるローカルの広告代理店で働き始める。「マーケティング」との出会いだった。 この出会いが、彼女の人生を今に導く大きな転機となった。

ビリから2番目の恵子ちゃんから、体育の時間の金メダリストへ

幼稚園から小学校の低学年まで、席順はいつも最前列、運動会ではビリから2番目。早生まれの彼女は、体力気力とも、他の同級生になかなか追いつけない、おとなしい子供だった。しかしそんな彼女に一つの転機が訪れた。小学校3年生のとき、担任でもあった体育の先生は、体育の成績が良かった生徒に、金・銀・銅メダルを用意してくれた。それを励みにみんな頑張ったが、それまで万年ビリから2番だった彼女がなんと最多の金メダルを獲得する。自分自身でも驚く快挙だった。この頃、ようやく彼女の体格が他の生徒に追いつき、本来持っていた高い運動能力が発揮され始めたのだろう。
俄然自信を得た彼女、勉強もスポーツもできる、クラスでも人一倍明るい人気者となり、ついには学級長を務めるまでになった。これまでのおとなしくて、いわば「どんくさい」恵子ちゃんは消え、はつらつとクラスや学年をリードする恵子ちゃんが誕生。その勢いは、転校によって一時鈍ることはあったものの、中学、高校へと順調に受け継がれていった。

出口がない?

中学時代は水泳と卓球の選手。高校でも卓球部に所属したが、一念発起して子供の頃から習っていたピアノで音大を目指そうと、卓球部をやめて猛練習に明け暮れる。ところが海外からの交換留学生とたまたま交流する機会があり英語の重要性に気付く。それだけが原因ではないが、結局音大への進学は諦め、それと同時にピアノもすっぱりやめてしまった。 再び卓球部に戻り、全国大会にも出場。入試に受かった筑波大学からは卓球で奨学金が用意されるほどだった。
それにも係らず、最終的に選んだ大学は津田塾大学英文科。実家を離れることができるという以外、彼女にとって実はさほど熱い思い入れのある大学ではなかった。
この頃の心情については「私にもよく分からないのよね」と彼女。ただ「相反するものが私の中にはあるのかもしれない」と言う。大胆なようで細心。潔く即断するところと執着する部分。従順で素直なのに反骨精神旺盛。異端なようで周りに流されるところ。
例えば、ピアノが好きでピアノにバレーボールは良くないと卓球を選ぶほどなのに、いざ音大を諦めたらピアノの練習もきっぱりやめてしまう。親の希望で国立大学を目指し、第一志望の国立大学に失敗して一浪を決意しながら、親から津田塾でも良いといわれるとそれに従って入学を決める一方、親元を離れ独立することに歓喜する。当時流行のハマトラファッションをつまらないと思い、コム・デ・ギャルソンを身にまとって大学に通いながら、さほど興味もない銀行の就職試験を、友人が行くからと一緒に受けにいく。
そんな彼女の二面性が、ここではまだうまくかみ合っていないように思える。なんでもできるが何をしたいのか分からない。様々なエネルギーを貯め込んでいるのに、それをうまく吐き出す出口が見つけられないという感じだったのかもしれない。

think why

一方で、人間に対する興味は一貫していた。 第一志望だった国立大学も、人間学科があったからそこを目指したし、大学を卒業して就職先がなく、アメリカの大学に進学を決めたときに心理学を選んだのも「やっぱり人間に興味があった」から。
父親から常に言われていた言葉は「think why」と「自分で調べなさい」ということ。それがさまざまな人間の営みへの興味に向かわせたのかもしれない。一方、両親とも公務員の家庭で育った彼女には、商売人としての感覚はほとんどなかった。「女性でも仕事をするのはあたりまえ」と思っていたが、「いったい世の中にはどんな仕事があるのかが分からなかったのかもしれない」と彼女。洋服、インテリア、建築など、自分の周りにあるおしゃれできれいなものが大好きだったが、それを仕事にするという発想はなかったという。
人間に対する興味、元来もっていた好奇心旺盛な性格で「think why」を実践し、熱心に勉強して得たさまざまな知識や情報。ようやくそれらを活かす道=出口を見つけた。それがアメリカで出会った「マーケティング」だった。

「40歳で社長になる」夢の続きは、「45歳で独立」

かかっていた濃い霧が晴れたように、その後は一貫してマーケティングの道を突き進む。 25歳で帰国後、自分のマーケットは日本とターゲットを絞り、外資系の広告代理店でさらにマーケティングスキルを磨いた。その後ペットフード、通販事業など外資系企業のマーケティング担当を経験した後、「40歳で社長になる」という夢を実現し、ランズエンドジャパンの社長に就任する。
「こうやったら会社は潰れるんだ」と思ったほど、その時の経営状態は悪く、不良在庫の山が目の前に聳え立っていた。社員には「この1列が1000万円の札束と思いなさい」と在庫管理意識を徹底し、驚異的なV字回復を達成する。大胆で細心、強い実行力と慎重さ、彼女の持つ二面性がバランスよく作用した結果ではないだろうか。
一方社長に就任した時すでに、「45歳で独立」という目標も決めていた。「ちょっと遅刻しちゃったけど」昨年10月、目標としていた自身のカタログ通販事業をスタート。今はその運営のために、若いときの「働きグセ」が戻ってきたという。
自分の財産をすべてつぎ込んだ初めての事業であり、リスクも大きい。夜怖くて眠れなくなったこともある。それでもやろうと決めたのは、やはり彼女の二面性によるところが大きいように思う。
今回の事業を進める時にも、「私は、“大”林さんという人に投資してもらって、事業を経営する“小”林さんのような存在。だから、親切な“大”林さんのためにお金は大切に使わなければならないし、一生懸命働かなければならない。そんな風に思ったら、気が楽になった」という。
マーケティングを通じて、自身の二面性を最大限に発揮してきた彼女。今では自分自身や事業を客観的に見つめ、プレッシャーやリスクを分散する術をも手に入れたようだ。 いつも感じる、スタッフや取引先、お客様や友人たち、或いは神様に「生かされていると思う」気持ち。そんな謙虚な気持ちを持ちつつ、これからも執着心をすてて大胆に、しかも細心で慎重に、忙しく走り回る日々がしばらくは続きそうだ。

中央上:著書『「できる女」はやわらかい」』
中央中:DoCLASSEカタログ
中央下:愛猫マルメちゃんと
右中:春の新作準備中
右下:DoCLASSEアイテムより

中央上:著書『「できる女」はやわらかい」』
中央中:DoCLASSEカタログ
中央下:愛猫マルメちゃんと
右中:春の新作準備中
右下:DoCLASSEアイテムより


インタビュアー/写真:堀込多津子

林恵子さん

林恵子(はやし けいこ)

株式会社DoCLASSE代表取締役社長。 日興アセットマネジメント取締役
ヴィクトリアシークレット、ディズニーストアジャパン等、外資系ビジネスでマーケティング本部長を勤めた後、米国のアパレル通販ナンバーワン企業ランズエンドジャパンの社長に就任。7年在任中ジャパンスタイルを確立。大きく売上を伸ばす。その後独立し、現在、日興アセットマネジメント社外取締役。07年10月、年齢を超えた大人の女性のためのファッション通販サイト「DoCLASSE」をオープン。




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