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ライフスタイル 今月の小僧 第20回 中川一辺陶さん

創業明和二年

明治でも、昭和でもなく、明和二年。西暦だと1765年。今から250年近くも前に、雲井窯は京都伏見稲荷の門前で始まった。その後文久元年(1861年)には同じ京都の清水へ移り、戦時中は国家の命で中国山東省へ、そして戦後何もない日本に戻り、「都落ちのような形で」信楽の土地に窯を築く。
中川さんは創業から九代目。お話を伺いながらも思わず彼の後方に目をやってしまうほど、彼が歩いてきた道の奥には、果てしないくらい長い歴史が脈々と続いている。
しかし、代々窯元に受け継がれてきた伝統や技術を、そのまま継承しているわけではない。常に新しいもの、自分の納得できるものにチャレンジし、自分なりのスタイルや技術を確立してきた。それまでのお皿やお茶碗なども作るごく一般的な窯元から、土鍋中心の窯に舵を切ったのも、大きな挑戦だったに違いない。そして、そこから彼の快進撃が始まる。

きっかけはスッポン

これまた創業330年と言う長い歴史を誇る京都『大市』。ここはスッポン料理の名店だ。スッポンはコークスを使い摂氏2000度近い業火で、一気に調理するものだという。それには、その業火に耐える鍋が必要だ。30年ほど前『大市』の主人から店で使う鍋の製作を薦められた。『高温に耐える鍋』への挑戦の始まりだった。
土を選び、水を選び、タイミングを選ぶ。気が遠くなるほどの組み合わせで、何度も失敗を繰り返したが、ようやく満足のいく鍋が完成した。
今、『大市』のホームページには、"大市で使われている土鍋はまさに「こだわりの土鍋」であり、「大市」の「宝」なのです。"という文章が誇らしげに掲げられている。お店も、お店のお客さんも満足する鍋が作り出されたことの証だろう。
これをきっかけに、いろいろな料亭、旅館、ホテルから土鍋の注文が入り始め、ますます土鍋作りに邁進する日々が始まった。ついには皇室や、サミットなど世界的なVIPが集まる会食の席でも、割れない鍋として欠かせない道具となった。
彼の作る土鍋は、全て全面釉薬で覆われている。これは、焼き物の世界では非常に難しい、作品を空中に浮かして窯で焼くという技法を確立したことによる。もちろんこれは世界で始めての技法だ。
今年の洞爺湖サミットでも、雲井窯の土鍋がその出番を待っている。

本当は建築家になりたかった

窯元の長男に生まれ、子供のときから粘土やろくろを遊び道具にしてきたが、すんなり陶芸家としての道を歩き出した訳ではない。「いや〜反発しました」という通り、親の期待は理解できるものの、素直にそれに従うことができず、大学では化学を専攻したり、建築家を目指したり。陶芸とは関係ないことに目を奪われていた。26歳の時には、自分で設計し、資金繰りも手当てして初めての家を建てたりもした。ただ、逆にそのことが、建築は趣味として、陶芸を職業とするという決意に繋がった。
今でも建築は大好きで、その後も自宅や工房など、専門家の知恵を借りながらも建物はすべて自分で設計しているという。今回拝見した工房も、作業のし易さはもちろん、見学や取材の人たちが作業の様子を見やすいようにと、作業台が弧を描くように並べられていたり、窯の熱を逃さずに地下にため、それで暖房したりと、様々な建築上の工夫がなされている。こういうことを考えるのがとにかく楽しいという。
26歳の時に建てた家はいまも健在だ。

今回お話を伺った部屋は、『土鍋の部屋』と呼ばれる、作品がたくさん展示してある大きな応接間。以前、"気"を見る人を招いたら「この部屋には良い"気"が満ちている」と言われたとのこと。そういうことにさほど興味があるわけではないが、こう言われると悪い気はしない。その人によると、優れた芸術作品は、必ず良い"気"を見る人に送っているもので、それが見る人を感動させるのだという。ところがこの部屋の土鍋は、ちょっと変わっているらしい。 「中で"気"が渦巻いていると言われたんですよ。どういうことなんやろ?」
と言うが、それこそ、彼の作る土鍋からは食材に向かって"気"が流れ、料理を一層美味しくしているということのではないだろうか。
土鍋は、遠赤外線の影響で素材の表面と中からと双方から暖めることができる。それにより素材に含まれている旨味成分が効率よく引き出され、短時間で、或いは少ない材料でも、美味しい料理をつくることができる道具だ。いわば土鍋そのものが料理の隠し味とも言える。
ほんとうに"気"が渦を巻いているかどうか見ることはできないが、土鍋のもつ調理道具としての優れた特性を考えると、そういうこともあるかと、なんとなく納得してしまう。

「人持ち大学」

あるセミナーで教わった言葉だ。自分が困ったときに頼れる人、救いの手を差し延べてくれる人。自分を必要とし、頼ってくれる人。自分の周りに、こういう家族、親友、仕事や趣味で知り合った人たちを持つこと=人持ち。この大学で学ぶかどうかで、人生は大きく変わると思っている。
『人持ち大学』は誰でも入学できる大学。「この大学は、いろんな世界の人たちに会わせてくれます」。料理人や料理研究家 ホテルマンはもちろん、毎年楽しみに個展を訪ねてくれるお客様たちにも教わることは多々ある。
食の安全が問われる現在、土鍋という、縄文時代から伝わる体に一番良い調理加熱道具の作家として、この『人持ち大学』であういろいろな立場の人たちとともに、食材だけでなく道具の大切さを伝えて行くのが自分の使命という。
「一生分は確保しました」という土を捏ね、これからも、環境にやさしく人にやさしい土鍋が、時間をかけ、手をかけられて生み出されていくに違いない。

最後に中川さんからのアドバイス。海外在住で日本の美味しいお米が手に入らない方、土鍋で炊くと、魚沼産コシヒカリとまではいかなくとも、かなり美味しいご飯が食べられるとのことです。


インタビュアー/写真:堀込多津子

中川一辺陶さん

中川一辺陶(なかがわ いっぺんとう)

信楽焼雲井窯九代目。辻調理師専門学校客員教授。
1956年生。滋賀県信楽町にある雲井窯の九代目当主。高級料亭や一流旅館、ホテルなど、全国の名店で使われる、日本を代表する土鍋作家。皇室や大使館、国際会議等でも利用されている。自身で設計した、地球温暖化防止に貢献する光熱費ゼロの工房で作陶中。




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