今月の小僧 第21回 郡裕美さん

第二次大戦で大きく破壊されたベルリンの教会。12世紀に建てられたその建物には、かつて大きなステンドグラスの窓とアーチ型の天井があった。
その教会跡を舞台にした作品は、失われたアーチに呼応するように半透明の布を貼り、訪れる人はそれを潜りながら、失われた空間を感じるというもの。廃墟になった教会の高窓から半透明の白い布に光が差し込み、そこに光の道ができる。訪れる人はその光の道を進みながら、いつもとは違う時間へと旅をする。教会のもっている宗教的な意味からはなれて、純粋にスピリチュアルな体験ができる。
また、廃墟となった武蔵野市旧中央図書館で開催した展覧会では、Green Box という参加型のパブリックアート作品を作った。まず、町で様々な質問の入った100個の緑の箱を配る。 その箱を受け取った参加者は、質問に答える形で、お話を書き、それを箱に入れて緑にライトアップされた旧図書館に持ち寄ると言うもの。 展覧会を訪れた人は、その箱の中につめられた様々なお話を読み、一番気に入ったお話を持ち帰る。そして、自分の話を詰めた新しい緑の箱を残す。図書館ならではの、いわばストーリー・エクスチェンジをテーマにしたものだった。
郡さんのアートは、絵を描いたり彫刻を作ったりするのではなく,サイト・スペシフィック・インスタレーションと呼ばれるスタイル。いつも見慣れた場所を全く別の空間へと作り変えるものだ。元々その建物や空間が果たしていた役割を活かしつつ、別の空間層を作りだし、日常とは違う時間層へと導く。
小さい頃から人間の心理や心の動きに興味があった。
住居学科という建築系の学科に属していながら、学生時代は演劇に熱中し、演劇部に参加していた。劇団では、大道具、照明、音響、脚本、演出ともっぱら舞台の脇で活躍することが多かった。舞台という限られた場に、光と音、台詞と役者の動きを持ち込むことで、そこが様々な場所に変化する。それが楽しくてしようがなかった。
大学を卒業し、建築家として歩みだすと、こんどは、舞台と言う非日常の世界の中で作品をつくるよりも、日常の中でいつも見慣れた空間の見え方を、建築を設計することによって変える面白さを発見する。大学時代は、人間の心の動きと建築との関係がはっきり結びつかず、建築家になることに躊躇を感じたこともあったという。
仕事をし始めて、建築家が単なる技術者ではなく、人間と自然、人間と社会、そして人と人の関係性に形を与える、つまり人間の心に関わる仕事なのだと気がついた。特に個人住宅の場合、建て主にとって一番大切なものは何なのか、10年後、20年後の生活の変化や家族の成長、様々な要因を整理しながらそれを建築という形にしてゆく、いわばカウンセラーのような仕事なのだと実感する。人間に興味があり、人の話を聞くのが大好きという彼女には天職だったのだろう。建築家という仕事に「だんだんはまってきたんです」と彼女。
「物騒な言い方ですけどね」と冗談ともつかぬ表情で話す。居心地の悪い家では、人は精神的に満たされず、心身ともに病んでいくことになり、最悪の場合いわば家に殺されるという事態にもなりかねないというのだ。家は、高い性能や機能的であるだけでなく、いかに安らぎや幸福を感じさせるものであるかが重要という。
つまり、どれだけ居心地の良い家を作るかということ。そのためには、まさにカウンセラーのごとく、建て主の話をとことん聞く。時には夜を徹して飲み明かすことも。そんな中で、建て主本人も気がつかなかったこだわりや好みが出てきたり、これまで全く自覚しなかった夫婦や家族の関係性が浮かび上がったり、イライラの原因が見つかったり、安らぎの理由が分かったり、と建築設計のプロセスを通じて様々な発見がある。そしてそれらをひとつずつ丁寧に、建築に落としてゆく。住まいを設計すると言うことは、生き方に形を与え、人生を設計するのに似ている。
そうして建てられた家は、そこに住む人のライフスタイルさえも変えてしまうこともあるという。「旅行が多かったご夫婦があまり出歩かなくなったり、旦那さんの帰宅時間が早くなったり、外食が多かった人が家で料理をするようになったり、持病のぜんそくが直ったり」ということもしばしばだ。
「最近皆さん食には気を使いますけど、家にも十分気を使って欲しいですよね」と彼女。いい家は、健康の素、家族の幸福の素なのだ。
「階段がここと、ここにあってぐるぐる廻れるんです」とか「お風呂場を抜けて洗濯場にいけるようになってるの」とか「中庭からリビングに、2階から中庭におりてとぐるっと廻れます」というように、彼女の作品には、突き当たりのない、内部をぐるぐる廻れる家が多い。
突き当りを作らないことで空間の広がりを感じられ、たとえ限られた面積の家でも、閉塞感を感じないという。しかも、向かう先には必ず「光」をおく。そうすることで常に光に向かって歩くことになり、人はそこに向かいたい、行きたいと思うようになる。つまりそこは「行かなければならない場所ではなく、行きたくなる場所」になるというのだ。
そしてもう一つの特徴は建物の中に「水」の風景を取り入れることだ。水は最も身近な自然の一つ。空の色やまわりの景色を映し込み、光を反射し、風に揺れる。ちいさな水庭を造るだけでそういった自然の営みが、家の中に居ながらに感じられる。四季折々、毎日違う表情が見られ、同じ空間が違った景色に彩られる。まさに居心地の良い家、長い時間を過ごしても飽きない家ということになる。
そして、こうした特徴は、彼女のアートにもつながっている。
「今、建築とアートの比率は?」という問いに、「80%と20%といったところですね」と彼女。日本では建築家としての仕事が圧倒的に多い。建築家として、機能性や性能の追求はもちろんのことだが、それだけでなく「感動する心」や「気持の良い空間」といったアート的な部分も建築に持ち込みたいと考えている。とはいえ、人が住み、利用する建物であるという大前提があり、そこにはおのずと制約がある。そんな制約から逃れて、思いっきり自分の表現を追求するのに、アーティストとしての活動は欠かせない。そして、アーティストとして活動することにより、建築に応用できるアート的な試みに対する大きなヒントを貰うこともあるという。
彼女のアート作品には、「光と影」を使ったものが多い。たとえば、部屋を透明な風船で埋め尽くした作品。それぞれが、光を反射し、風に揺らぎ、周りの景色を映す。そしてそこにある「光」は、時間の流れ方や見ているものの空間意識を変え、どこか希望を感じさせる。これも彼女の建築作品と同様だ。
互いに密接に関係する建築とアート、これからも彼女には欠かせない両輪として力強く廻っていくことだろう。
彼女がこれからやりたいことだ。10年前、父親の突然の入院、そして病院での父の死を経験した彼女にとって、今の病院はあまりに居心地の悪い場所だった。「治る病気も治らないような気がする」という。
機能性だけを追及した病院は、人が「暮らす」場所としてはあまりにふさわしくない。一時的とはいえ、病を得た人はそこで暮らさなければならない。本人だけでなく家族にとってもそこが家族の時間を過ごす場所となる。そんな人たちが、居心地良く、安らげ、自然との触れ合いを感じられる、気持ちのよい空間にしたい。
「折のあるごとに夢を語っていれば、そのうちにそれを実現できる日がくるかもしれない。」と彼女。
病気になったらぜひ彼女が建てた病院に入院したいと思う。病院経営に興味のある方、どなたか彼女にオファーを出しませんか?
インタビュアー/写真:堀込多津子

郡裕美(こおり ゆみ)
株式会社スタジオ宙(みゅう)一級建築士事務所代表。建築家。96年−05年コロンビア大学準助教授。05年より名古屋工業大学講師。
京都府立大学卒業後、コロンビア大学の建築学修士課程終了。個人住宅、公共施設、店舗、古民家再生等、様々な用途の建築設計を行う。東京建築賞、大阪府まちなみ賞、千葉県建築文化賞、イギリスのar+dデザイン賞など受賞歴多数。また、97年からニューヨークを中心にアーティストしても活動。アメリカ、南米、ヨーロッパなど、世界各地でインスタレーション作品を発表している。
スタジオ宙のホームページ:http://www.studio-myu.com/







