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50,60はハナタレ小僧。人生の後半戦をアクティブに過ごす元気な小僧たちのコミュニティ。

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ライフスタイル 今月の小僧《番外編》 平松庚三さん

今回は、「今月の小僧」番外編として、自称小僧第一号の「ひらまっちゃん」こと平松庚三が訪ねた、小僧の島「青島」探訪記をお送りします。
地番のない島

「ドスン」という音がして船がちょっと揺れた。 連絡船が小僧の故郷「青島」に着いた瞬間だ。小さな船着場には、朝一番の連絡船の到着を待ちわびて大勢の(といっても十数人だが)島民が迎えに出ていた。 荷物と一緒に朝刊や郵便物が降ろされた。 セメントや砂利なども混じっている。 船内で知り合った左官屋さんによれば、家の新築工事を請け負っているという。 ここでは、水や食料ばかりでなく、建築材料も家具も家電もすべて連絡船が運んでくる。

青島全景
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瀬戸内海に浮かぶ青島の正式な住所は、愛媛県大洲市長浜町青島である。地番はない。 東西1.5km、幅350mの小さな孤島は、対岸の長浜町の沖合い13.5kmに位置し、天気が良ければ連絡船「あおしま」で一時間足らずで着く。 「あおしま」は一日2往復、だが海が荒れると、35トンの小さな老朽船はすぐ休みたがるのが島民の不満のタネだ。船がこないと新聞や郵便どころか、水や食料の補給路も絶たれてしまうからだ。 青島は、もともと無人島であったが、寛永年間に鰯の好魚場であることが分かり播州の漁民が住み着いたのが最初だという。

そそくさと荷降ろしを済ませた人々は、一輪車に荷物を乗せてそれぞれの家に向かう。一輪車がここで唯一の運送手段だ。 この島には車はない、バイクもない。自転車もない。ないというより必要としない。つまり道がない。各家々との間は、人がすれ違うのがやっとの狭い路地で蜘蛛の巣のように繋がっており、しかも坂道がやたらと多いから車どころか自転車もここでは「役立たず」である。 したがって、都会では工事現場でしか見ない一輪車がここでは主役となる。

宿泊施設がない、店がない、食堂もない、自動販売機もないこの島に突然現れたボクを見てみんなちょっと驚いたようだった。「おはようございまーす」島のじーちゃん、ばーちゃんに愛想よく声をかけたひらまっちゃんへの最初の歓迎の言葉は、「何しに来たん?」、「どっから来たん?」、「誰か知り合いでもおるんけ?」だった。 「いえいえ、観光ですよ、観光。」「こう見えても観光客ですよ。ここには元気なお年寄りが多いと聞いてちょいと見物に来たんです」というボクの話を聞いて、ばーちゃん達は互いに顔を見合わせてから「ホ、ホ、ホ、ホ」と抜けた歯を隠そうともしないで笑った。 時間は午前8時過ぎ、帰りの船は午後4時だから、この島でこれから8時間を過ごすことになる。 スタバもない、マックもない、レンタルビデオ屋もないこの島で。 だが、先天性楽天家、かつ冒険家のひらまっちゃんの胸は高なり、かなりワクワクしだした。

連絡船を出迎える活躍する一輪車
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30,40はよちよち歩き、50,60はハナタレ小僧

団塊一期生として、ボクは長い間「老後」という言葉に違和感を覚えていた。肉体的な老化はあっても精神的な老化は「その人の心の持ち方次第だ」がボクの持論だ。 年齢だけで若いとか若くないと決め付けるのは好きじゃない。野球だってサッカーだって後半戦の方が断然エキサイティングで面白い。 人生だって同じじゃないか。それなら定年後の時間は「老後」ではなく、健康で豊かでエキサイティングな時を過ごす「後半戦」と考えるようにしていた。 そう考えて、僕の考えに賛同し、自分の人生の後半戦を楽しく、賢く、豊かに過ごしたいと思っているアクティブな仲間を集めたらもっと楽しいし、社会のためにもなるのではと思い、これを将来のビジネスプランとしてずっと温めていた。 90年代の後半のことだ。 

アメリカ最大のシニア組織、AARP会員だったボクのこの考えに「面白いねえ、行けるかも」と言ってくれたのは、元ソニー常務の郡山史郎、当時弥生副社長の飼沼健、マーケティングコンサルタントの堀込多津子、元インテル常務の高橋俊之、元ゴール ドマンサックスのMD佐藤敦子などだった。僕たちは毎週夜に集まり、ミッションステートメント作りやビジネスプラン構築のための話し合いを重ねた。2005年のことだ。そんなある日、ボクはネットでこんな記述を発見した。

《瀬戸内海に浮かぶ小島に、人口のほとんどが65歳を超えているという「元気な村」があります。三方を海に囲まれたこの集落の男は、メバルやタイの一本釣りを生業とする漁師で、女は裏の山でみかんを栽培する現役農婦です。 天気の良い日は、男は毎日海に出て小船を操り、眩しい太陽の光を身体いっぱいに浴びます。 女は爽やかな潮風を腹いっぱいに吸いながら、背中の籠が一杯になるまでミカンを採ります。 この島では、30,40はよちよち歩き、50,60はハナタレ小僧と呼ばれています。》

この文章を見つけたボクは飛び上がって喜び、みんなと相談して社名を「小僧」と決めた。 小僧はKOZO. ボクの名前と一緒だ。 ボクはこの会社を創るために生まれてきたんだ。 そう思って、その日ボクはひどく興奮した。

恥ずかしがり屋のばーちゃん達主のいない家々
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いざ、島内探検へ

島の探検に出たボクは、集落のあちこちで連絡船出迎えの日課から戻ったばーちゃんたちに出会った。 もうすでに、島の住民全員がこのおかしな観光客が来たことを知っていた。 途中で出会ったばーちゃん3人に集落を案内してもらった。 「ここの家は8年前に死んだ」。「ここのじっちゃんは2年前に長浜の老人ホームへ行った」、 「この旅館は20年も前につぶれた」。 「この寺の住職が10年前に死んでからは無人のまま」 主のいない家屋は塩害で荒れ放題だった。 廃墟のところどころに生きている人間が住んでいる、の表現は少しもオーバーではない。
昭和30年代、鰯漁の最盛期は出稼ぎも含めて700人ほどの島民がいた。 その後、漁の衰退にあわせて人口も激減し、平成2年には80人、平成12年には50人となり、今では30人まで減った。 島を出た息子や娘は二度と島には戻らない。 人のいなくなった家々は、長年の潮風にさらされ朽ち果てている。 青島小・中学校は昭和51年に廃校となった。 もう、島には子供がいない。

道祖神が守る小学校
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海の見渡せる小学校に行ってみた。 雑草だらけの誰もいない小学校の黒板に、たどたどしい字で「今日の当番」と書いてあった。 埃りだらけの壊れた楽器が床に散らかっていた。 島の高台にある無人灯台まで行こうとしたが、雑草が胸の高さを超え、道を見失なった。 山の傾斜を利用した畑は、先日の台風で土砂に埋まり、その後手入れがされていなかった。 たとえ台風が来なくても、ばーちゃん達はもうここまで上がって来れないだろうと思った。

島のマドンナ「のりちゃん」(推定50歳)は、島の最若手で集落の世話役紙岡清成さんの娘だ。 島でたった一人化粧をしているのりちゃんは、長浜漁協青島支部長、兼青島郵便局長、兼青島唯一の食品店長(漁協が経営し基本的に、米、味噌、醤油、酒、タバコだけ)で、島でPCを扱えるたった一人の働き手だから、島民全員の年金の出し入れも任されている。 なにせ、全員がほぼ自給自足だから1万円の現金を下ろすと数ヶ月持つと言ってのりちゃんは笑った。 米、味噌、醤油に葉書代、子供や孫に手作りの干物を送る際の郵パック代が主な支出だ。 のりちゃんのダンナさんは、長い間長崎の真珠養殖会社に単身赴任していたが、今年定年で帰島するそうだ。 そのための新居が今建設中でもうすぐ完成する。 50代同士の「若手」夫婦の新居とあって、島では今この祝い事の話でもちっきりだ。 何せこの島では30年ぶりの新築家屋である。 

のりちゃんとママ
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長老の紙岡さんのお宅に上がりこみ、「50や60はハナタレ小僧」の話を聞いてみた。 「そりゃ確かに、昔はそんなことを言っていた時代もあったわな」、 中学をでて大阪で働き、定年で島に戻ってきた紙岡さんは言った。 釣り名人の中川公子さん、通称キミちゃんの家にも上がりこんだ。 キミちゃんのダンナ判造さんは、いつも昼間から酒を飲んでいる。だから中川家のエンゲル係数は島で最高値を誇る。 判造さんも島を出て、日立造船で工員として働き定年で戻ってきて漁師をしている。 中古の小型漁船を操り判造さんは夜海に出る。 が、あまり真面目に漁には出ていないらしい。「魚もえろう少なくなってな」、判造さんは寂しそうにつぶやくとコップに残った酒をあおった。 「50や60」の話を持ち出すと、隣でキミちゃんが畑で採れたトマトとスイカを切りながら「昔はねえ」と言って笑った。 

釣り名人キミちゃん
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東京に帰ってからも、ボクはずっと青島のことを考えている。

道祖神だけが残る朽ち果てた小学校。一輪車しか通らない狭い路地。主のいない荒れた家、畑、無人の寺、無人の療養所。 一方島には豊かな自然がある。魚と一緒に泳げる海水浴場、底まで見える透き通った海。 ゆっくりと流れる時間。人見知りだが人懐っこい島の人たち。道祖神を大切にする信仰心の厚い人々。 判造さん、キミちゃん、市川のばーちゃん、のりちゃん、紙岡さん、上川さん。 多数派の元気ばーちゃんと少数派の控えめじーちゃん達が仲良く暮らす、貧しくも美しい島。 

島を離れる時、あんなに手を振ってくれた人たちのためにも。
「また来るんだよ」と言ってくれたばーちゃんのためにも。
「50や60はハナタレ小僧」と、ボクらに人生の神髄を享受させてくれた島の先人のためにも。
ボクは考えている。いったいボクに何ができるのだろうと。 


文/写真:平松庚三




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