勝手に進化論
よく私のところへ話を聞きに来てくださいました。私、ホントに誰かに話を聞いてほしかったんです。悔しかったんです。人間の身勝手さが。
でも、いいんですか? いえ、私たちはけっして「進化」したわけじゃないんですよ。「変えられた」んです。一部の狩猟好きな人間に。私たちが望んだわけでもないのに。
そう、その意味では、ほとんどの犬の種族が自らの意思で進化したのではなく、人間の趣味や嗜好を満足させるために「変化」させられた「被害者」なんです。
ええ、猫さんなんかも、同じクチですね。でも、あちらは何かの目的のためというより、愛玩のための変化ですから、可愛くなあれ、美しくなあれ、という意図で変化させられたんですよね。毛の色や長さ、それに顔立ちなんかを、もっと気に入るようにしたいなんてね。
そこいくと、犬は、「牛と闘うため」、「闘犬のため」、「牧畜の手伝いをさせるため」、「戦争や警察活動を支援するため」などというように、ある目的に沿うように変化させられるわけですから、美醜なんて考慮してもらえませんよね。そりゃあ、「ちん」や「チワワ」なんて愛玩用の室内犬もいますが、私なんか、なんと「アナグマの狩猟のため」に変化させられたんですから。そう、こんな不細工で不自由な身体に。
でも、よく考えてみると、愛玩用も含めて、何かの目的のために変化を遂げていくというのは、進化論で言う「適者生存」そのものかもしれませんね。強いられた適者生存とでも言うんでしょうか。そう、ブルドッグさんの鼻があんなに低いのも、牛にかみついたまま息ができるようにするためなんでしょ。
そうしてみると、私がダックスフントの哀しい歴史を語るのも、あなた方のテーマに即していないわけじゃないんですね。じゃあ、やっぱり聞いてください。
<続く>
<お断り>
本書は、進化論をテーマにした小説であり、進化論を科学的に論じたものではありません。進化の過程についても、一般的事実として確立されているもの以外は、あくまでも想像(空想)に基づくものです。あらかじめご了承ください。(筆者)






