勝手に進化論
諸君、人類そうホモ・サピエンスに属する諸君。諸君らは、自分たちが地球上でいちばん偉いと思っとるようじゃな。
食物連鎖の頂点に立つという意味なら、それも正しいじゃろう。君らは実に何でも食う。地球上のありとあらゆるものを食う。君たち以外のどの生物も、日常的に摂取するエサや養分は、1種類からせいぜい数種類に限られている。なのに、君らは1日に30数品目を食さないと、健康に悪いなどとほざきおる。一生という単位でとらえるなら、おそらく数百種類の「食品目」を口に入れるじゃろう。
アリクイは、その名のとおりアリしか食わぬ。そして、ヌーは草を食い、ライオンはヌーを食う。しかるに諸君は、米を食い、ジャガイモを食い、キャベツを食い、牛を食らい、豚を食らい、牛乳を食らい、魚を食らい、エビやカニを食らい、昆布をそして若布を食らい、イナゴを食らい、蜂の子を食らい、カエルを食らう。蛇を食らい、くさやを食らい、羊の脳味噌をめでる。飢饉のときには、同胞たる人間自身すら食らうことがある。それどころか、このワシらさえ食らう。地球上最大の動物であり、進化の系譜上も決して諸君らの下に位置しているわけではない、このワシらを!
しかも、諸君ら──その中でもニッポン人とかいう種族──は、ワシらが最近増えすぎてイワシなどの魚を食い荒らすから、魚類資源の枯渇を防ぐためにも、(いまは保護されている)ワシらを捕獲して食らうべきだと主張しおる。
じゃあ何か、イワシは人間のものなのか。魚類は人間のエサにするために、神様がおつくりになったものなのか。この地球という生命のゆりかごの中で、鯨は人間より栄えてはいけないと、宇宙の法則で定められているとでも言うのか。
ワシの同族でヒゲクジラ亜目に属するシロナガスクジラ君は、ワシよりも図体がでかくて、30メートルにもなる。それなのに、彼はアミみたいなちっちゃなものしか食さん。だから、例えば1年とかの期間で見れば、それはもう相当な個体数のアミを食すことになるじゃろう。だからといって、アミが、というか、もっと広く動物性プランクトンが、絶滅したか? 枯渇したか? 絶滅の危機に瀕したのは、むしろシロナガスクジラ君のほうじゃなかったかな。
じゃがな、ワシはもちろん人間どもに食われるのは嫌じゃが、捕鯨の是非を論じる各国の言い分を聞いておると、純粋に論争としてとらえれば、日本の言い分のほうが正しいようにも思えるのじゃよ。第一、動物愛護とか擁護とかぬかしよるアメリカなんぞは、ついこの間までワシらが海へ深くもぐるために大きな頭の中にため込んでおる「脳油」を採るためだけにワシらを獲っては捨ててきたんじゃぞ。そんなヤツらが「鯨が可愛そう」とか、急に君子面しても、にわかには信じられんじゃろうて。その点、ニッポン人はワシらに敬意を払うて、頭のてっぺんからつま先まで(ワシにつま先はなかったかいな。イヤ、退化してどっか尾ビレの付近に潜り込んでおったような気もするがな)自分らの役に立ててくれよったからのう。
日本人やエスキモーなんかの、昔からワシらを食用にしてきた民族が、純粋に食うためだけにワシらを獲るんじゃったら、イヤはイヤじゃけど、絶滅はせんような気もするがのう。大体、動物保護団体とかいう輩は、ワシらのために捕鯨禁止を訴えよるのか、それとも活動資金を集めるためのダシとしてワシらやウミガメ君らを利用しとるんかようわからんのじゃよ。
<次週に続く>
<お断り>
本書は、進化論をテーマにした小説であり、進化論を科学的に論じたものではありません。進化の過程についても、一般的事実として確立されているもの以外は、あくまでも想像(空想)に基づくものです。あらかじめご了承ください。(筆者)






