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小説 勝手に進化論

小説・勝手に進化論(#012)作・西田昇平 いたずらな創造主=遺伝子。わが種族は、何故にこの進化の道を選んだのか。人を含む、すべての生き物たちに捧げる、奇想天外、抱腹絶倒の「文学的・哲学的」進化論

海に帰る理由

そこで、思うんじゃがのう、象君あたりの大きさになると、身体を支えるのは結構大変じゃないか。では、なんで彼らは水の中で暮らそうとはしないんじゃろうか。
そうした謎を解くヒントは、きっとカバ君にあると思う。
カバ君は一応陸上に棲む動物に区分されておるが、日中はほとんど水の中で暮らしておって、糞も昼寝も子育てもケンカも、みんな水の中で済ませよる。あの短い足に重そうな身体、陸上ではかなり大変そうじゃが、水の中では結構スイスイ泳いだり、沈んでいるとも浮かんでいるとも言えん状態での〜んびりくつろいだりしとる。ただし、エサは陸生植物(草)じゃからして、夜は陸に上がって食事をせねばならぬ。そのために、あんな短い足でもついていないと、具合が悪い。
あれで、エサを水生植物とかに変えることができたら、あっという間に足はヒレに近くなり、カバ君は水棲動物になってしまうことじゃろう。
そこでメモをとっておる貴君、いまのうちに、カバ君になんで日中、水の中で暮らす気になったのか(その時間は長くなりつつあるのか)、そうするようになって何か身体に変化は生じたか(足がよけいに短くなり、身体に脂肪がついた、呼吸のしかたが変わったとか)、などを聞いといてくれないか。それが分かれば、ワシらクジラ目の進化の謎も解明されるはずじゃ。
そうそう、ついでにサイ君にも、カバ君と同じような体つきをしているのに、なんで水の中で暮らそうとはしないのかを、聞いておいてもらいたい。それも、謎を解く鍵になるじゃろうて。

もうひとつついでに、あまり物知りじゃなさそうな貴君のために、ちょっと面白い話を教えておいてやろう。
いったん陸に上がった生物が再び水(海)に戻るというのは、なにもワシら鯨、もっと広く言えば哺乳類だけのことではないんじゃ。
進化論の本家みたいなガラパゴス諸島には、名前そのものがそれを表している海イグアナなんていう爬虫類がおるし、そのご先祖様のような格好をした大昔の恐竜にも水棲恐竜がいたことは、よく知られたところじゃ。
それに、さっき象君の話をしたときには忘れておったが、実は象君の仲間にも、すでに海で暮らしている一派がおるんじゃった。そうそう、海草(水草)を食すジュゴン君やマナティ君は、確か、象君の仲間だったはずじゃ。
それだけじゃなく、植物にもそんな種類がおるんじゃよ。
いやいや、海藻じゃなくな。ほれ、きれいなせせらぎを撮ったフィルムなどに、よく水の中で花をつけている水草などが写っているじゃろうが。
その中でも、約1億年も前に陸から海へと帰っていったウミショウブとかいう里芋の仲間は、陸での生活を引き継ぎながら、実にうまいこと水の中の生活に順応しておるそうな。 酸素、二酸化炭素は、水に融けているものを葉から直接吸収することができるというし、生殖活動となると、もっと感動的じゃて。
大潮の日にな、ウミショウブ君はまず、株の根元(もちろん、これは水の中じゃ)にある鞘からブクブクブクとたくさんの細かい泡を出しよる。それで、その後に、3ミリほどの白く小さな花(これは雄花なんじゃがな)をこれまたたくさん放出しよるんじゃよ。
放出された雄花は水面に浮かび上がると、泡(気泡)に乗って、水面をまるでミズスマシのように走りよる。ああ、そうか、最近の若い人間にはミズスマシを見たことのない者が多いんじゃろうのう。要するに、何の抵抗も感じさせないようにツーッと水面を滑っては、風の加減で、クルッと向きを変えたりするわけじゃよ。
でな、水面には雌花──これは5センチほどもあるんじゃがな──が、下顎を水の中につけ、上顎を空中に持ちあげたような格好で花を開いて待ち受けておる。ちょうどテレビゲームのパックマンのような格好と言ったら想像しやすいかのう。それで、水面を滑ってきた雄花がうまくそのパックマンの口に入ったら、口(花)を閉じて、受粉の完了というわけじゃ。

古いたとえ話ばかりで恐縮じゃが、昔のパチンコ台で玉がチューリップに入るときのようでもあるし、食虫花が虫を捕らえるときのようでもある。どこか、そんなユーモラスな感じさえ漂わせるのじゃが、ウミショウブ君にしてみれば必死の生殖活動なわけで、うまいこと雄花が雌花に呑み込まれたときは、一種感動的でさえあるわのう。
実際、風が強すぎたり風向きが悪かったりすると、うまく雌花の中に雄花が飛び込めないし、風がまったくないと雄花は動けず、雌花に飛び込む機会のないままに潮が満ちてきて、雌花が海中に没してしまうというようなことも起こりうる。実にうまく自然の摂理を利用し、綱渡りのような微妙な状況の中で種を長らえておるのじゃよ。
そこまでして海に帰ろうとしたウミショウブ君に、1億年前、いったいどんな不幸、陸に棲めなくなるようなどんな出来事が起きたのじゃろうか。
それを考えると、ワシら自身の祖先の「無念さ」がしのばれるようで、なにやらもの悲しくなるのう。

どうやら、人間諸君に長いことつきあいすぎたようじゃ。どうれ、行くとするか。
(さよならの敬礼のように、尾ビレを高く上げて、マッコウクジラ、海へ潜る)


<種族その4完。>

<お断り>
 本書は、進化論をテーマにした小説であり、進化論を科学的に論じたものではありません。進化の過程についても、一般的事実として確立されているもの以外は、あくまでも想像(空想)に基づくものです。あらかじめご了承ください。(筆者)

 

西田昇平(にしだ しょうへい)Shohei Nishida

ライター、編集者。
1951年熊本県生まれ。1974年一橋大学商学部卒業後、信託銀行勤務を経て、IT系のラ イター、編集者として活躍。現在も大手外資系IT出版社で編集顧問を務める。



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