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旅

稲次船長の地中海航海記

文=稲次哲郎
今年72歳を迎えられる稲次哲郎さんは、毎年ご自身のクルーザーで、奥様と二人地中海周遊の旅を続けています。
稲次さんの旅には、聖パウロの足跡をたどるという大きな目的があります。そのクルージングの様子はもちろん、さまざまな人との出会いや、支えてくれる現地の人たちとの交流の模様をお伝えします。
第1回は、2005年の旅のはじまりから。

#001:2005年養生の夏

Mediterranean sea

ガンに捕まる

2005年の正月。尊敬する先輩から年賀状を頂いた折に、「遂にガンに捕まって云々」と大手術を受けられた事が手短に書かれていて驚いたものだ。毎年歳初めに、船に乗る前の徹底した身体検査を受ける事にしているが、まさかこの御便りが我が身に降りかかる問題とは思っても見なかった。大学のクラスメートから「歳なのだから検査項目のうちにPSA検査を入れておく必要がある」と熱心に諭されたので、この年の検査から初めてこの項目を入れた検査を受ける事にしたが、見事に引っ掛かり更なる検査を重ねるうちにガンに捕まっている事が判明した。それも天皇陛下と同じ病気の他に、腎臓にも独立したガンがある事が分かり、こちらは急ぐので大至急の準備で5月に手術を受け、命拾いをした。

腎臓のガンは発見が遅れて命取りになることが多いのだ。今一つの方は、陛下のお陰で急速に治療方法が開発されて、手術でなくても凌ぐ事が出来る薬用療法を受ける事になり、6月は自宅で術後の回復を待った。健康を厳しく管理する結果わかったガンだけに、友人の勧めも然る事ながら、船の生活が無ければこうはならなかったのかもしれないと思われる。船の生活を送る事は普通以上の注意をもって自分を管理すると言うメリットがある。

医師も東京にいて何かと忙しくするよりは、長距離旅行が出来る様になれば、船に戻って洋上の養生をした方が良いとの意見で、7月には船上生活を再開した。
この間忘れられないのは、トルコのボドルムと言う港で船を預かってくれている小さな会社の社長Yusufだ。この男は52歳くらいと思われるが、ズングリ大きな体躯に大きな頭と大きな眼が印象的だ。母親が外科医をしていたと言うだけあって育ちが良い感じがする。アメリカの大学で物理学を専攻、ドイツのテレフンケンで長く勤めたと言う、英語とドイツ語が自由なトルコ人で、奥さんはインド人だ。
この男に船の面倒を見てもらっているので、手術が決まった時にすぐ、事情を打ち明けて予定通り4月に帰船出来ない旨をメールで伝えるとたちどころに、入院の日と手術の日を問い合わせる返信があり、入院の前日にはトルコからの電話で「船の事は心配しないで、治療専一にする事」と励ましを受けた。更には、手術の当日には家内に電話があり、「手術の成功を確信している、早期全快で船の生活に早く復帰して欲しい」との事であった。

7月初めボドルムの空港に降り立つと、Yusuf指し回しの車が出迎えてくれる。マリナに着くとゲートの所に社長以下幹部が勢ぞろいで歓迎の出迎えだ。英語の達者な働き者の女性秘書の顔も見える。一人一人抱き合ってトルコ風に頬をつけて挨拶を交わす。皆私が宇宙から帰って来たかのような顔をしている。社長の案内で船が係留されている所に行く間、出迎えの人が手に手に荷物を受け持って付いて来る。冬の間に完全な補修整備が行われた愛艇が待ちわびていたように見える。

家内と二人船内に入ると、サロンのテーブルの上には大きな鉢植えのアジサイが置いてある。驚いている我々に社長が、皆からの御見舞いだと言う。
そして、「日本人だから帰ってきたのだ、他の国の人なら今年は休みと言う事にしただろう」と言って感激を表す。それ程の事ではないと思いながらも熱い歓迎の気持ちが伝わってくる。確かに商売上は我々が御客で、しかも毎年の補修作業を殆ど任せているので、中小企業の船屋にとっては大得意に違いない。然し御客に対するサービス以上のものを強く感じさせるのだ。私も家内もこれを「当然のサービスでしょ」と受け止めるほど傲慢ではない。

国際電話を二度も掛けてくれたし、何か土産物と思ったがこちらは結局現金300ドルを封筒に入れて用意していたのでこれを無理矢理に拒み続ける彼のポケットにねじ込んだ。
鉢植えの見事な花に気を取られていたが、船内はエアコンを運転中で涼しい。6ヶ月ぶりの船とは思えないような徹底した掃除がしてある。
兎に角ゆっくり養生してくれ、買い物でも何でも用事は引き受けるから心配しないで申し付けて呉れと何遍も念を押された。社長と別れるとぐっと疲れが出て来てすぐにも寝こけそうだ。近くにスーパーもあり、街の中心も遠くないので、朝夕の散歩の積りで、家内と毎日出歩いて船を動かすことなく7月が過ぎ去ろうとしていた。

トルコの運転手

ある日誰かが桟橋から呼んでいる。見ると声の主は三井物産のイスタンブル支社長の運転手で、桟橋で少し恥ずかしそうにしている。イスタンブルの支社長に表敬訪問する際などに世話になった馴染みの顔だ。それにしてもイスタンブルは800kmほど北東に当るので、この珍客にはびっくり。英語が万点で無いが話を聞くと、この近くのゲムシェリックと言う保養地に別荘を持っていて、家族で来ている、夕食に招待したいと間違い無く言っている。皆で船に乗りに来る事を条件に招待を受ける事にした。
私はこれまでも職業に貴賎は無いとの信念を貫いて来た積りだが、どうも運転手をして生計を立てる人の別荘に夕食に呼ばれると言うのは余り常識的でないように思えてならない。よほど資産家の出身かもしれないが第一運転手の職業にありながら、別荘が手に入ると言うのは驚くべき国ではないか。

山の中腹に立ち並ぶ2階建ての別荘の一軒で、夕食はトルコ風の家庭料理で気取ったものではないが丁寧に用意されていた。大学受験を控えた息子と高1の娘が母親を手伝って限られた英語で苦心して我々を持成す姿は健気で微笑ましい。
英語は全くだめと言う奥さんだが、元プロのシェフをしていたと言うだけあってどの手料理も一流の出来映えだった。

夕食の約束をする時に、8時には眠くなるので6時頃からの食事にして欲しいと言ったのに、どうしても7時半より早く出来ないと言う一幕があった。
彼の別荘を訪ねて分かったが、バルコニーに食卓がしつらえてあり、海を見下ろすと瀬戸内海と見紛うばかりの濃い緑色をした無人の小島が美しく散らばっている。
この時間に合わせて食事をするのがこの家の御持て成しなのだ。

7時半頃から西に傾いた太陽が島々にシルエットを描くように照らし出し、やがて海を赤く染めて1日の終りを告げるのだった。勧められるままにトルコの赤ワインを飲みながら、他愛の無く談笑して食事をすると大変幸せな気分になった。もう10年以上今の仕事をしている彼は、この別荘で毎年2週間の休暇を過し英気を養うと言う。可愛くてしっかりした子供達、料理が上手くて愛想の良いおかみさん、海を見下ろすバルコニー。日本人には真似する事が難しい彼の生活スタイルに感服した。

翌日は約束通り全員で船に来てもらって昼食を済まし、片道30分ほどの近くの島の、地中海ブルーと限りない透明感のある海水浴場に案内、錨をおろしてゴムボートで上陸したり、照り輝く太陽の下、皆で海水浴を楽しんだり、病後始めての船遊びとして嬉しかった。

稲次哲郎

船で暮らす地中海
「船で暮らす地中海」 (足立倫行著 税込1,680円)

稲次 哲郎(いなじ・てつろう) Tetsuro Inaji

1934年中国・奉天生まれ。
一橋大学法学部卒業後、三井物産に勤務。イランの石油プロジェクトなどで活躍。
役員となり、同社中国代表を勤めた後、1995年三井物産を退社。
ベルギー駐在中に芽生えた「夢」を実現するべく、小型船舶操縦士免許、スキューバダイビング上級ライセンスを次々取得。

2000年4月には、フロリダで愛艇「ハイドランジア号」を購入。8月、フロリダより大西洋を経てマヨルカ島に回航。千恵子夫人と合流して、夢のボート生活をスタートさせる。

以後、ボートは現地トルコに保管し、毎年5月〜9月に渡欧して、地中海沿岸を巡航。
2004年には、日本人として初めて黒海6カ国就航に成功した。

小僧comアドバイザリーボードメンバー


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