稲次船長の地中海航海記
アンカラ大学法学部長
Kenanとおなじ時に知り合いになったShafakはドイツ留学で民法の博士となり現役のアンカラ大学の法学部長なのでそれなりの著名人に違いない。高速モーターヨットを走らせて動き回るので、あちこちで出くわす。この夫婦も仲が良くて同い年で卒業の時に一二を争った仲だと言う奥さんナディデといつも一緒だ。思い掛けない錨泊地で顔を合わすと毎回御馳走に招待してくれて、話が面白い。ある夕食時にアタチュルクの改革に話が及び、彼の偉大な業績は数え切れないほどだろうが最も重要なものを三つ挙げるとすると何と何になるかと意見を求めたところ、@政教分離による共和制確立 A男女同権 B法体系の近代化だと言う返事であった。成る程と思われるが、アラビア文字を禁止してローマ字を強制したのは三大業績の中に入ると思わないのかと聞き返した所彼は、歴史の断絶、古文書が読めなくなった事、古い文学作品の翻訳が出来ない、特に優れた詩の韻が失われるのは致命的で、民族として遺憾に思われる面があると言った。ローマ字にしてしまっては再現できない発音が八つもあると言う。文化の継承は重要で、考えさせられる問題だ。戦後日本でも一時日本語のローマ字化と言う事が真剣に検討され、ローマ時で書かれた本を見かけたりした。おっちょこちょいの私は漢字の書き取りが無くなるのは有難いぞと思ったりしたことを思い出すが、発想そのものが可也の暴論であったと思う。
フランソワ
アガパンテと言う帆掛けヨットに乗っているもう80に近いフランスの老人だ。英語に堪能だが他にトルコ語を可也自由に話す。トルコに惚れ込んで夏場はもう10年以上トルコ近海に来る。2004年の船団で一緒になった。ジュネヴィ-ヴと言う名の奥さんも上品で心の広い人だ。あちこちの港でトルコ人に人気がある。新聞事業で成功した由、ノルマンディー地方の名士らしい。哲学的な話が面白い。
人間は奴隷願望を持ち合わせていると言うのだ。とんでもない、自由に憧れこそすれ奴隷に身を落とすような事を望む人はいないと反論するが、彼は怯まない。自分としては40年間大組織の中で仕事をしたが「自由闊達」の精神を説く会社だったので、勤めている間に奴隷になっているとは思っても見なかった。ところがこの老人によると、鞭打たれて強制労働に携わる姿だけが奴隷ではない。自由を売り渡している人が奴隷で、会社が衣食住を保障してくれるときに喜んでこれを受け入れ、会社の命ずるままに転勤に応じたり、慣れない仕事を引き受けたりする。転勤や転職を拒む事は事実上出来ないのだ。その限りで自由を会社に売り渡している、引き換えに貰うものは生活上の安全保障だ。本当に自由ならリスクを全部自分で背負い、誰にも保証を求めない生活になるというのだ。ずっと考えさせられている議論だ。確かに船の生活を始めて自由と共に発生する自分で対処せねばならないリスクがいかに大きいか始めて認識を新たにしている。
ロブ
ロバートと言うオランダ人で60そこそこ、がっちり丈夫そうだ。大柄で赤毛が目立つヘレンと言う奥さんと二人でシーロブと言うヨットを走らせている。2003年の船団で一緒になった。奇特な友人がいるという話をしてもらったが聊かショックだった。
ある事業で成功して巨万の富を得たロブの友人は事業を売却し、全財産をアフリカの貧しい人のために使う事を決意。奥さんをオランダに置いたままタンザニアに移り住むこと5年、慈善事業に精を出した。然し失意のうちに帰国した彼がロブに打ち明けた話では、慈善事業は焼け石に水か、底無し沼のようなもので、自立の方法が無く、又一般に自ら自立しようとする精神を持たない現地の人達は乞食根性が染み付いていて施しをすればするほど施しを求めてくるだけである事が判明、自分の手におえる問題ではないとの結論に至ったのだと言う。昔から独立自尊の精神が当然と思われる競争世界に生きている日本人や先進工業国の人には想像する事も困難な貧困社会があることを改めて意識させられた。








