稲次船長の地中海航海記
気骨のイギリス夫人
女性ばかり3人の小型帆掛けヨット「バテシバ・エバディーン」の船長トゥジーナ71歳。小柄ながらカクシャク、もう35年近く同じ船で地中海を乗り回していると言う。50と40くらいの美人を乗せている。シリアのラタキアからバスに乗って片道250kmパルミラノ遺跡を見学に行く団体に加わらないと言う。パルミラは紀元3世紀まで交易の中継基地として多いに栄えたが、女王ゼノビアがローマの実力を軽く見た為にアウレアヌス帝の時に滅ぼされた大都市の遺跡だ。どうして行かないのかと訊くと、別にタクシーを雇って一日あとから行くと言う。大勢でがやがや見て回るとじっと物思いに耽る時も無く、かねて見たいと思っていた憧れの大遺跡見物が台無しになるというのだ。京都もそうして一人で静かに見て回ったと言う。海外の名所見物で出くわす日本人旅行団はカメラで記念撮影する事に熱心でその目的を達すると見物もそこそこにどんどん駆け足で移動するのとは対照的な話だ。「見てきたよ」と言う話題だけの為に見に行く人には耳のいたい話だ。
彼女は、自分はこのヨットを「愛している」と言う。そして私に向って自分の船を愛しているかと訊くのだ。そこで「いかにも」と答えると「ではこの奥さんはどうなのだ」と家内を指差している。「勿論家内も愛している」と答えると「よろしい」と言って色黒の皺だらけの顔に少し微笑を浮かべているが、「奥さんの方は旦那を愛しているのかしら」と家内を向いて答えを待っているので、家内が「愛してますよ!」と笑いながら応えると、「自分は国においてきた旦那が好きだし、OKの旦那だと思っているが、船のように愛しているとは言えない」と言い切ったので、好きと言うのと愛していると言うのは違うのだと言う事を切実に思わされた。旦那は遠距離航海が苦手で、短距離数日間だけ乗るが、後は家にいて、チャーチル会で油絵の腕を磨いている由、ここ数年特に上手になったと思われると付け加えていた。
子供達の決心
40になるバツ一娘と、その五歳下で二人の子持ちの息子は、両親の船の生活を心から支援している(船の購入時約1割の現金が不足していて、娘が貯金から用立ててくれたものだ)が、それぞれに仕事が忙しい為になかなか船に乗りに来ない。ところが、父親がガンに捕まったと知って、余り先延ばしして居れないと思ったのではないだろうか、娘が先鞭を付けて8月末10日間ほど来泊、トルコはクサダシの港を振出しに錨泊地や海水浴場を船で回り大変満足の行く日々を共にした。帰った娘が息子の家族に写真を見せて大宣伝、遂に意を決して息子一家四人が今年トルコに来る事になったので、楽しみにしている。








