稲次船長の地中海航海記
3回目の東地中海の旅
毎年トルコが募集する百隻前後のヨット船団が、揃ってイスタンブルからマルマラ海を通りエーゲ海に抜けて南下し、トルコの南海岸を東に進んでシリアから更に南に向ってレバノン、イスラエル、エジプトに至り、イスラエルに戻って解散と言う2ヶ月2000海里の旅をしている。今回で何と3回目の参加だ。2003年はイラク戦争が始まり、シリアとその先の南の国には行けなかった。次の2004年は黒海周航の船団に加わるべく、レバノンで船団を離れてイスタンブルに戻り、今後当分は無いかもしれないと噂される黒海6カ国訪問の旅を完走した。日本人の個人ヨットでは世界最初の記録と認められて多少誇らしく思っている。2005年は病気でキャンセルせざるを得なかった。三度目の正直で、今年こそはこの東地中海の旅を完走したいと願っている。
今年の参加ヨットは全部で80隻。参加人数は全21ヶ国で270名。一番多いのは英国人で63名。次いで米国59名。その後は20名前後の国が、ドイツ、フランス、オランダ、と続き、少数民族としてノールウェイ、スエーデン、スイス、イタリア、そして東洋から我々4名(45年以上付き合っている久留夫妻が同乗)だ。平均年齢は計算されていないが、恐らく60台の後半だろう。いろんな国の連中と親しくなれて面白い。英国人と馬が合うように思われる。行く先々で手回し良く大歓迎の夕食会がある。歓迎に感謝して記念品を渡す。毎年決まってこの船団からの小さな楯だ。余興で珍しがって日本の歌を歌わされたりする。さくら、と荒城の月を歌う事にしている。米人は親しくなるとからかって面白がったりするので、そう言う時はすぐやり返さなくてはならない。
あるヨットで集まりがあり、それぞれ飲み物を貰う時に自分は御茶を所望した所、小さな花瓶のような器で御茶が出てきた。これは花瓶ではないかな、と笑いを誘うと、「おいTea Ceremonyをやってくれ」と言われたので、すぐ「日本文化でも生け花と御茶とを混同しては困るぞ!」とやり返して大受けした。
この大船団の旅行についてはまた稿を改める機会を得たいと思う。
好きな事が出来ない
日本人は自分の好きな事が出来ないようになっている。それは社会の能率の上から非常に重要な事で、好き勝手な事をする欧米の人を組織して会社を運営する経営者は日本の経営者と違って非能率の克服の為の難しい問題を抱えているように思う。一言で偏見を述べると、会社は会社人間を育てる事に力を入れて成功し、非個人的な組織的にしか考えない人間を作り上げて大組織を動かしているのだ。戦時中の「撃ちて死止まむ」と言うような恐るべき全体主義の発想が姿を変えて、それぞれの企業の中に持ちこまれ、能率よく会社の利益を上げる為に全身全霊を使うように社員は型作られていくのではないか。会社を離れて自分の好きな事をやると言うのは難しくなっているのだ。檻の中で飼いならされた鳥が自然に戻れなくなるのに似ている。趣味も仕事も皆同じ、運動会とか、ゴルフ大会とか、集団で同じ仲間でやる事ばかりが尊重されている。これでは会社を辞めて、さあ好きな事を始め様と言っても発想が出来ないのが当然ではないか。こんな事を言う自分は突然変異種ではないかと思わざるを得ない。
どうして日本人はもっと大勢地中海に来ないのかと良く訊かれる。仲間のやらない事を自分勝手にするのが苦手なのだと答えている。間違い無いでしょう。日本に戻ると「特殊な才能」「金持ち」「特権階級」のように言われたりする事があるが、私はこれに一番傷つく。この事については稿を改めて更に述べたい。と言うのは、多くの人が迷いの中にいて勘違いに気付かないでいる様に思えるからだ。然し注意を要する点は日本人が好きなことをするようになる前に、経営者は好きなことをする人達をまとめて能率を落とすことなく会社を運営する経営技術を見出さなくてはならない点だろう。








