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旅 稲次船長の地中海航海記

第9回  親切なイギリス人たち 文=稲次哲郎 今年72歳を迎えられる稲次哲郎さんは、毎年ご自身のクルーザーで、奥様と二人地中海周遊の旅を続けています。稲次さんの旅には、聖パウロの足跡をたどるという大きな目的があります。そのクルージングの様子はもちろん、さまざまな人との出会いや、支えてくれる現地の人たちとの交流の模様をお伝えします。

面白いイギリス人家族

我々夫婦は現役時代には欧州駐在が長く、特に若いときに6年近くを過ごしたイギリスは印象的だった。歴史や景色にも感激したものだが、何にも増して、イギリス人と親しくなり、日本人に近いが又違った所が大いにある彼等の人情に深く触れたことは大げさに言えばその後の自分の人格形成に大きな影響を及ぼしたと思われる。

そんな個人的な背景もあって、イギリス人がいる所では他の外国人よりも何時の間にかイギリス人と親しくなっている様な気がする。今回はゲアリー・ドーセットの一家、奥さんのジルと13歳の息子エドワードの3人である。親譲りの資産家で、ニースにも家を構えているという。ゲアリーは50前、大変太って大柄、自ら相撲取りと言うほどだ。仕事はシーズンオフに集中的にやる、余ほどしっかりしたマネジャーが付いているに違いない。まだトルコの港を渡っている時にたまたま近くの停泊位置につけたのが縁で、急激に親しくなり、遂にラリーが済んで自分勝手にヨルダンのぺトラの遺跡を見に行く段になって、イギリス人根性の様なものに触れた。
他の大勢のグループとは別に個人的に車を走らせ見物に行こうと言うので賛成したが、日本人3人は外国運転免許が無くて、二家族を乗せるミニバスを雇う努力をしたが上手く行かず、結局、二台の車を彼等夫婦が別れて運転、奥さんの運転する車に我々日本人が乗せてもらった。彼等が紹介を受けているイギリス夫人が8年も現地に住んで世界的なレポートを書いていると言うのが我々も彼等を頼りにした原点である。

それにしても彼等の厚意は特別で、自分の日記には下記の点を特記事項として書き記した。

特筆すべき事
(1) 2日の朝になっても国境までの車の手配がつかず、計画実行が危ぶまれた。Garyの努力により13時に2台の小型車レンタル可能と判明。Jillと二人借りて来るが、一台には冷房が無い。GaryとEdwardが冷房の無い車に乗り、Jillが運転する冷房付きの車に我々3人同乗す。
(2) 24日昼食にシャブタイと約束があって、22-23の予定変更は出来ない事情にあり。この昼食会にGary一家も含まれるよう手配したが、先約で参加不能。Gary一家が我々と行動を共にする事を諦めれば彼等には一番楽な解決に違いなかった。即ち彼等だけなら冷房付きの車で水入らず、Jillは運転から開放されて旅が出来た筈である。我々の為に二台の車を走らせる苦労を厭わなかった彼等の厚意は特筆に価する。
(3) GaryがPetra永住8年の婦人Wollyを知っていた事が重要で、車の手配不調による、国境への到着場所と時間の変更を全て柔軟に受け止めてもらったので、この二家族の旅が実現した。24日夕食に招き久留シェフの刺身とにぎり寿司を共にして感謝の限りを表明す。それにしても片道6時間の運転を彼等夫妻が別々に引き受けてくれた事は信じがたい親切と思った。

孤独なイギリス人

Garyとは別のもう一人のイギリス人は、Nelson’s Ladyと洒落た名前をつけた台湾製の奇妙な中型モーターヨットに乗っていた。スタビライザー付きで$1millionと自称していたからかなりの代物に違いない。バハマで8年暮らしていたと言う。若い奥さんがイスラエル国籍で、まだ祖国に行った事がないので楽しみにしていると言う。小太りした色白の旦那アリスターは50を過ぎたばかりだろうが金髪を長くライオン丸の様にしているので若く見える。話し方も仕草もいかにも金持ちのプレーボーイの感じだ。彼が勿体ぶって偉そうに話すのは誰しも気に障る様で皆から煙たがられていた。然しある夕食の席を共にしてモーターヨットの仲間としてゆっくり話し合うと、一風変わったユダヤ人の若い奥さんを連れ合いにしていて余り人付き合いがなく、甚だ孤独な存在である事がわかった。

この男が船体にプラスチックの黄色い板に赤い字で綺麗に印刷された英語のユーモア・スローガンをこれ見よがしに張付けている。明らかに町で買った物で、何も彼が書いたものではない。ところが、これがアメリカ人のうるさいおば様方の目に止まり、大物議をかもした。“My other toy has tits on it”と言うもので、良く読むと女性を玩具扱いにしている事が分かる。イギリス男性にはニタットするセックスユーモアだろうし、イギリス女性は「男がまた勝手な事を言って面白がってる」と言う程度だろうが、アメリカのうるさ型は「女性蔑視」の最たるものとしてこれを見過ごす訳に行かなかったのだ。

ラリーの間は取り外せと言うのに対し、部分的に白い紙を貼って原意を分かり難くするとのイギリス人の対案が出されたが、カチンと来たおばさんの激しさは納まらず、遂にリーダーのハッサンが登場し、長丁場の話し合い結果、この船はラリーから脱落、参加費用(一人250と一隻250何れもユーロ支払い)の払い戻しを受ける事で決着が付いた。彼等を残してトルコ最後の港を出る前夜に彼を慰め、強いウイスキーをあおりながら鬱憤を聞いてやった。数週間後にはイスラエルの港に単独行動で行きついた彼等と再会、またまた一晩酌み交わしアメリカ文化批判をじっくり聞いた。
アメリカ人は極めて献身的で、まじめ、決してずるくない、然し独善と言わざるを得ない原則を往々にして曲げず、彼等の物の観方に立って、一方的に世界を軽視して事を進める。しかも自分の献身的努力が当然誰からも高い評価を得ると確信して疑わない。ベトナムに始まり、アフガニスタン、イラクに至る世界運営の軌跡はこれを実証している。ラリーの参加者はそれぞれにちゃんとした社会的経験を積んだベテランで、アメリカ人に子供扱いされるのは誠に不当である。酒が回るほどに勢いがつく。そのアメリカに我等が祖国日英共にいち早く同調して軍隊をイラクに派遣しているのはどうした事だ。

運営委員会は各主要国の代表を集めてあるが、今回の女性蔑視だと言うような基本的な問題になるとどうしても原則論が支配する事になる。もともとアメリカの発言が主力と見られる委員会のやり方を快く思わない欧州人は色々な場面で不快感を隠さなかった。



関連情報

船で暮らす地中海 稲次哲郎の本●船で暮らす地中海(単行本)
著者:足立 倫行
内容(「BOOK」データベースより)
「家の代わりに船を買う」という欧米人の発想に惹かれて。人生終盤の設計は、地中海で晴耕雨読を満喫したい。“異邦人の使徒”聖パウロの足跡を辿る夢。波乱の商社マン時代に学んだ「現状肯定的発展主義」の生き方。年金でまかなう航海経費で、映画のシーンのような船上生活。
日本人に合った新たな生活の楽しみ方のヒント。

稲次哲郎

稲次 哲郎(いなじ・てつろう) Tetsuro Inaji

1934年中国・奉天生まれ。
一橋大学法学部卒業後、三井物産に勤務。イランの石油プロジェクトなどで活躍。
役員となり、同社中国代表を勤めた後、1995年三井物産を退社。
ベルギー駐在中に芽生えた「夢」を実現するべく、小型船舶操縦士免許、スキューバダイビング上級ライセンスを次々取得。
2000年4月には、フロリダで愛艇「ハイドレンジア号」を購入。8月、フロリダより大西洋を経てマヨルカ島に回航。千恵子夫人と合流して、夢のボート生活をスタートさせる。以後、ボートは現地トルコに保管し、毎年5月〜9月に渡欧して、地中海沿岸を巡航。2004年には、日本人として初めて黒海6カ国就航に成功した。

小僧comアドバイザリーボードメンバー

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