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旅 稲次船長の地中海航海記

第12回 シャブタイ、そして旧友との再会 文=稲次哲郎 今年72歳を迎えられる稲次哲郎さんは、毎年ご自身のクルーザーで、奥様と二人地中海周遊の旅を続けています。稲次さんの旅には、聖パウロの足跡をたどるという大きな目的があります。そのクルージングの様子はもちろん、さまざまな人との出会いや、支えてくれる現地の人たちとの交流の模様をお伝えします。

イスラエルの旧い友人―シャブタイとその仲間

イスラエルでシャブタイと言えば泣く子も黙る有名人。対エジプト戦で勇名を馳せた片目のダヤン総司令官のもとで、海軍提督を勤め上げた歴戦の英雄だ。もう70台半ばを過ぎていると見られるが、リンダという可愛い名前をつけた鉄製帆掛けヨットを走らせて元気一杯だ。英語とフランス語を自由に操る。これまでに、必ずイスラエルに来るよう強く誘われ、間違い無く行くと堅い約束をしていたので、今回イスラエル第一番目の寄港地ハイファに到着した時には、他の船を差し置いて真っ先に我々を出迎えてくれたので痛く感激した。ハイファ・マリナの総支配人アズィを呼びつけて遠来の友人として紹介してくれたので、水電気等他船に優先して便宜を図ってもらった。その上その晩には特別に彼の自宅に招かれて大晩餐、更には最後の港ヘルツェリアにも車で現れゴルフクラブで大昼食パーティを開いてくれた。

ゴルフクラブではたまたま日曜日の気晴らしに来られていた日本の横山大使にも御目に掛かった。我久留シェフが腕を振るってマグロの刺身を調理したのに張り合ってクラブのシェフも次々に新しいフランス料理を繰り出すという張切り方で、ベルギー勤務以来滅多な料理では驚かない我々も驚嘆して食べ切れないのを残念に思った。イスラエルの大歓迎とはこんな具合なのかと思い知らされた。

2003年のラリーに際してシャブタイの船に乗って彼の身の回りの世話をしていた中年の夫婦アイリスとイスラエルの献身的な努力は印象的であったが、今回我々がシャブタイと会う時には何時も現れ、滞在中あらゆることに気を配って協力してくれた。

シャブタイは今年の正月に紅海のラリーを企画実行して可也の成果を納めたので、東地中海のラリーとドッキングして大掛かりなものにしたいという構想を熱心に話していた。参加したイギリス人にその後その内容につき感想を求めた所、イスラエル振出しにスエズ運河を通って紅海に抜け、アカバ湾に入って戻ってくる3週間ほどの旅程で、確かに珍しい旅であるのと、世界一といわれる紅海のダイビングは大変な魅力だが、この時期海が荒れて快適でないのと、エジプト人が性悪で不快だったとのこと。こう聞かされては当方の家内はたちどころに絶対に行かないと言い出す始末。シャブタイ提督の構想は残念ながらすんなり実現しないかもしれない。如何に顔の利くシャブタイでも、荒れる海と性悪のエジプト人は手に負えない。

参加しなかった旧い友達との再会

フランソワはフランスの出版王、英語の他にトルコ語が自由。アガパンテという帆掛けヨット、ジュネヴィーヴと言う品の良い奥さん、2003年のラリーで親しくなる。ケコバロードに住む日本人女性岡本政子さんを紹介される。ことしはトルコに戻ってフェニキのマリナで再会の喜びを共にした。

イタリア美人ジーンと結婚しているイギリス人ビル。ソレイユサンファン(無窮の太陽)と名付けたヨットに、前回会った時は妹も乗せていた。2004年イスケンデルンで病気になった時にただ一人見舞いカードをくれた事が思い出される。今年は帰路ケコバロードと言う錨泊地で再会、紅海で冬場8ヶ月過ごした経験談、船側を接する隣でありながらハッサンの桟橋とイブラヒムの桟橋と言うコンペチターの桟橋に着けた為に会食もママならず、船端談義を楽しむに留まった。

ルーディは、中国の僻地(斎南)の合弁に二年間派遣されて財を成したオランダ人、アイル・オブ・セントウサと名付けた大型鋼鉄製のモーターヨット、ソーニャと言う社交的な奥さん、合弁の中国人ボスに嫌な目に遭ったので仕返しをした話は大傑作だ。
後任者に引き継いで帰国する時に東京から後任者に電話、盗聴されている事を利用して、「あのボスには気を付けろ、俺から5000ドルの賄賂を受取ったのに女性問題を起こした俺の部下を牢屋にぶち込んだ上に、国外追放したのだ」と、遮る後任者を尻目に分かりやすい英語で言って聞かせた。あっという間にこの厭味のボスは首になった由。こんな話しは何となく痛快だ。
2004年のラリーで出港時にロープが絡んだ時に潜水具をつけて助けてくれた、今年はゴチェックマリナとトゥルグットライスのマリナで再会、立派な息子を紹介され、ソーニアと二人で2005年に単独オデッサ再訪した折りの話を聞いた。

ポール。2003年、2004年共に参加の50歳ほどの若いイギリス人。 ロンドンのナショナルギャラリーで働いていた事があると言って意外にも宗教絵画に詳しいので親しくなる、今年はゴチェックマリナで再会、セントバーナード犬を連れ合いにしていたが死去した由、新しい連れ合いの女性メアリーを紹介される。メアリーも独自に自分のヨットを走らせている由、横に繋いで走ればカタマランになるねと家内が言うので大笑いとなる。

ニックはオランダの大ベテランヨットマンで36フィートと少し小型ながら同じグランドバンクスを走らせていた。エルスと言う同い年の奥さんと共に、2003年と2004年のラリーに連続参加、2003年の最後の晩餐は隣席で歓談。然し2005年に25年のヨット歴を閉じて帰国。2005年に貰ったクリスマスカード、黒海からルーマニアに入りドナウ河を溯上し、運河を伝ってライデンの自宅まで夫婦で帰った由、ラリーの親玉ハッサンを始め彼等を懐かしむ人が多い。

デイビッドとビバリーはユダヤ系のアメリカ人夫婦。クロバーリーフと名付けた鋼鉄製の大型モーターヨットにゆったりと乗っている。2004年のラリーを共にして親しくなったが、ビバリーがアメリカのヨット雑誌に投稿したラリーの様子が掲載され、我々も色着きの写真で紹介された。今年は往路アランヤの半出来マリナで再会を喜ぶ、昨年冬はイスラエルのヘルツェリアで越冬し紅海のラリーに参加した由。工作好きのデイビッド、膝が痛いのにヨットを辞めないビバリー, TPOで使い分けるという6本の杖が船に積んである。奥さんによると、大学時代にヨットをやる男性を求めて今のハズバンドを見つけたと言う。離岸接岸時の分業は見事で、奥さんが操船を担当、旦那がレシーバーに伝わる奥さんの指令に基づきテキパキ行動する。今年はデイビッドの勧めた宇宙ラジオのセットアップにつき彼の助力を受ける。これが素晴らしいラジオでBBCやCNNのニュースが聞ける他に24時間クラシック音楽が聞けるので大満足。

バリーとマーガレットと言うイギリス人夫婦は極めて控え目の人達で、ジェイジェイムーンと名付けたヨットを走らせている。2004年のラリーに参加、メルシンのセントポール教会で一緒に礼拝に参列した事もあって親しくしていた。今年は往路ケメール・マリナで思い掛けず再会。さっそく夕食を共にして旧交を暖める。これから西にむかってアドリア海を訪問する計画を聞いた。2009年にはラリーの20周年記念プログラムが用意されている。3ヶ月間の盛沢山なプログラムでこれ迄に参加した人だけが参加できると言う仕組みだ。御互い頑張ってこのラリーに参加しようと誓い合った。彼等と共にいると穏やかで、気が落ち着く。



関連情報

船で暮らす地中海 稲次哲郎の本●船で暮らす地中海(単行本)
著者:足立 倫行
内容(「BOOK」データベースより)
「家の代わりに船を買う」という欧米人の発想に惹かれて。人生終盤の設計は、地中海で晴耕雨読を満喫したい。“異邦人の使徒”聖パウロの足跡を辿る夢。波乱の商社マン時代に学んだ「現状肯定的発展主義」の生き方。年金でまかなう航海経費で、映画のシーンのような船上生活。
日本人に合った新たな生活の楽しみ方のヒント。

稲次哲郎

稲次 哲郎(いなじ・てつろう) Tetsuro Inaji

1934年中国・奉天生まれ。
一橋大学法学部卒業後、三井物産に勤務。イランの石油プロジェクトなどで活躍。
役員となり、同社中国代表を勤めた後、1995年三井物産を退社。
ベルギー駐在中に芽生えた「夢」を実現するべく、小型船舶操縦士免許、スキューバダイビング上級ライセンスを次々取得。
2000年4月には、フロリダで愛艇「ハイドレンジア号」を購入。8月、フロリダより大西洋を経てマヨルカ島に回航。千恵子夫人と合流して、夢のボート生活をスタートさせる。以後、ボートは現地トルコに保管し、毎年5月〜9月に渡欧して、地中海沿岸を巡航。2004年には、日本人として初めて黒海6カ国就航に成功した。

小僧comアドバイザリーボードメンバー

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