記念すべき第一回目だから、というわけではない。むしろ、最初に恥をかいてしまおうということで、今回のテーマは「旅の恥はかき捨て」。ガイド付き、ホテル付きのパッケージ旅行では無縁な言葉かもしれないが、これを体験すると、旅はぐっと深みを増す。実は私も仕事で旅することが多いので、そもそも、恥=失敗は許されないのだが、予期せず巻き込まれたトラブルがきっかけでその土地になじめることもある。特に、秘境や僻地では。
私がまだサラリーマン・エディターだった頃、ある日突然、勤めていた編集部の解散が告げられた。余命は半年。当然、誰もが転職を考えたが、私には辞めるまでにどうしても取材しておきたい場所があった。アマゾンだった。最後のフィナーレを飾るべく、集まったのは最強の取材チーム…撮影は、かつてF1カメラマンとして世界を転戦し、飲まず食わずの過酷な旅でも文句ひとつ言わない屈強なフォトグラファー。書き手は、某有名レコード会社の敏腕プロデューサーからなぜかライターに転身、ブラジル音楽とサンバをこよなく愛すチョイ悪オヤジ。2人ともアマゾンは体験済みで、現地旅行社の強力なバックアップも確約されていたので、初めての不安は解消される……はずだった。
なにせ地球の裏側だし、アマゾンまでの直行便もないから現地まで30時間は優にかかる。エコノミー症候群になるまいと狭い機内をやたらとうろつき、映画も見尽くし、身の上話もひと通り終わった頃、オヤジたちが「本当にあったアマゾンの怖いお話」をし始めた。川で水浴びする動物や人間のお尻の穴から体内に侵入し、内蔵を喰いつくす魚がいるとか、タランチュラが頭の上からふってくるとか、仔牛を飲み込む大蛇がいるとか、アンビリーバボーなクリチャーが続々。中でも一番凍りついたのがアリの話で、密林を歩いている時に誤ってアリの巣を踏んだりすると、あっという間に大群に襲われ、体中を噛まれまくったあげく、1週間もがき苦しむのだという。今までも何度か危険な目に遭ってきたから、度胸がないわけではないが、なにせ生き物相手の未体験ゾーン。オヤジたちの不敵な笑みが気になりつつも、気分はナーバスになるばかりだった。
アマゾン観光の拠点となるマナウス は、ジャングルのど真ん中にあるとは思えないほど近代的な大都市。ガイド氏のアドバイスで必要な食料やちょっとしたサバイバル用品を買い込み、車に乗り込んだ私たちは、まず、マナウスから約 200km 離れたところにあるイタコチアラに向かった。アマゾナス州第2位の生産を誇るオレンジ農場の経営者に、熱帯雨林の現状と環境保護に対するリアルな意見を聞くことが目的だった。
ブラジルは移民の国だ。戦後、多くの日本人家族が新天地を求めて移住し、アマゾンに辿りついた。飢えや病気との闘い、原住民との摩擦。想像を絶する困難を乗り越え、ジャングルを切り開いた彼らの努力は、今でも語りぐさとなっている。ゆえにブラジルには親日家が多く、日本人というだけで、思わぬ歓待を受けることがある。オレンジ農場の経営者サカイさんは

、日本を知らない日系三世。幼い頃両親に教わったという覚束ぬ日本語で、快く私たちを迎えてくれた。
「しばらくお世話になりますが、どうぞよろしくお願いします」。家の庭先で初めましての挨拶を交わした直後だった。右足のふくらはぎのあたりに針で刺されたような激痛が走った。しかも、膝から腿、股からお尻へと痛みが徐々に移動していく。これはいったい、なんなんだ!?と思った瞬間、脳裏に毒アリの顔が浮かび、体が凍り付いた。すっかりパニック状態に陥った私は、悲鳴をあげながらその場を走り去り、側に置いてあったトラクターの後ろに逃げ込んだ。そして、ようやく理性を取り戻した時。スタッフとサカイさんの視線が私の下半身に集中していることに気づいた。あまりの恐怖でとっさにズボンをおろした私は、つまり、パンツ一丁。

トラクターの陰に隠れたつもりだったのに、タイヤがでかすぎて、丸見えだったのだ。あまりの恥ずかしさに後ろを向いた私が目にした光景は、たぶん、一生忘れられないと思う。オレンジの選別作業をしていた大勢の従業員たちがニヤけた顔で、私を見ていた……。
結局、アリも見つからず、痛みの原因も分からず、その場にいた男たちを見事な脱ぎっぷりで喜ばせた私がその時思ったのは、「あぁ、レースのパンティじゃなくて良かった」ってこと。けれど、オヤジたちはまだ何かを期待している。カメラマンがこうつぶやいた。「なんだ、気のせいだったってことか。残念だね。でも、旅の間にちゃんと “ホンモノ” を体験するから楽しみにしてなよ …… 」。
その、ホンモノ体験は意外にも早く訪れた。ジャングルに囲まれた 10km 四方もの広大なオレンジ畑を高い場所から撮影したいというお願いに、サカイさんが指差したのは母屋の脇に建てられた給水塔。一見、火の見櫓のようにも見えるそれは、タンクが設置された四畳半ほどの小屋が四本の柱に支えられている。小屋の床の部分にぽっかりと穴が開いており、ハシゴを使って上り下りする造りになっているのだが、実は、私はハシゴが苦手だった。とは言え、編集者としては、写真に収める風景を見ないわけにはいかない。なるべく下を見ないように、恐る恐る登り始めた。
「おおっ、すごい景色だぞ!早くあがって見てみろよ」。先に上まで辿り着いたカメラマンがレンズ越しに感動の声を上げた時だった。小屋の入り口に届いた右手の甲に何かが触れた。チロチロッとくすぐられるような感覚。驚いて一度手を離し、その弾みでまた手をつくと、今度は掌の下でモゾモゾと動く小さな何かを感じた。
見てはいけないと思っても、つい見てしまうのが人間の性。最後の一段に足をかけ、そおっと顔をあげた時、私の目に映ったもの …… 。
四方の隅から次々に現れる小さな粒のような黒い点々。それがあっという間に塊となり、波打ちながらこちらに向かって押し寄せてくる。あまりの勢いに呆然と立ちつくす私の目と鼻の先で、凶暴化したアリの集団がカメラマンの足下を狙っていた!
「ギョエーッ!!」

アマゾン中に響き渡る私の悲鳴を合図に、容赦ない攻撃が始まった。頭の上からふりかかるアリの雨。首筋、胸元、袖口、足首、ありとあらゆる隙間から侵入した彼らは、私の柔らかな皮膚に食らいつき、興奮し、震える触覚からアンテナを発信し、さらなる仲間を呼びよせる。電流に触れたような小さな衝撃がジワジワと体中に広がり、やがて全身が燃えるような痛みに包まれていった。しかし、ハシゴを下りきるまでは反撃するどころか、手で払うことさえできず、 ひたすら耐えるしかなかった。

アリたちは、給水塔をぐるりと囲む木々に巣を作っていた。そうとも知らず、私たちは彼らの縄張りに“ 勝手に ”踏み込み、物音を立てたため襲われた。彼らにしてみれば完全なる正当防衛。つまり、非は私たちにあったのだ。嫁入り前の体には屈辱的なダメージだったが、毒アリじゃなかったことは不幸中の幸いだった。
地球最大の森の入り口で、自分至上最大の恥っかき。そして、アリえない恐怖体験。 WELCOME TO REAL AMAZON―― 何とも、幸先のいい旅の始まりだった。
出版社、広告制作会社、編集プロダクションで、雑誌・書籍の編集、ライティング、広告制作物のディレクション、イベントの企画・プロデュースを経験。会員誌の実績も多く、主なものに、DCカード「ザ・カード」、アメリカン・エキスプレス「インプレッション」、高所得者向け会員誌「バケーション」、コンチネンタル航空機内誌、KLMオランダ航空機内誌、日比谷花壇会員誌「ペタル」などがある。 2004年独立し、2005年有限会社ダイバーシティ4を設立。その後も、雑誌の編集、広告制作物のディレクションを中心に活動。旅の企画も多く、秘境、リゾート、歴史ものなど幅広い切り口で世界中をレポートしている。
写真・水野康夫(Mizuno Yasuo)