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旅

わーるどわんだらん!-World Wandering Run

文=飯嶌寿子
フリーライターとして世界を飛び回る飯嶌寿子さんが、取材で訪れた先々で体験した、普通の旅では決して出会えない、人や動物や出来事を伝える「旅」シリーズです。
題して「わーるどわんだらん!― World Wandering Run」。
毎月1つのエリアをピックアップし、その旅での顛末をお伝えします。どんな旅先で、どんな出来事が待っているのか、ぜひお楽しみに。

#001:カオスの森、AMAZON

vol.3 魂の乱舞「ボイ・ブンバ」

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今回の旅には、もう1つ、ある特別な目的があった。事の始まりは、同行したライターが持ち込んだネタ。彼は先に説明した通り、身も心もブラジルにどっぷり漬かった、言うなれば和製ブラジリアンだが、ただのサンバ好きとはワケが違う。

毎年、8月の末に開催される浅草サンバカーニバルをご存じだろうか?日本全国からサンバチームが集結、江戸風情のど真ん中をギラギラと練り歩き、ラテン魂を競い合うという、年に一度の大騒ぎだ。 その浅草サンバカーニバルで毎年注目を浴びる最強チーム、「エスコーラ・ヂ・サンバ・サウーヂ」を率いるのが、彼。日本でサンバを流行らせようと、本気で思っている熱〜い男だ。

で、その彼いわく、リオのカーニバルなんて目じゃない、大規模なサンバフェスティバルがアマゾンで開かれるという。マナウス近郊のパリンチンスという小さな町を舞台に、6月28日から三日三晩、4000人の老若男女が10メートルもの巨大な山車を率いて、狂喜乱舞するらしい。
くしくも、この年は日韓共催のワールドカップイヤー。ちょうど日本を出発する頃、ブラジルはベスト8まで上り詰めていた。このままブラジルが順調に勝ち続ければ、決勝戦が祭りのフィナーレと重なるはず。これは、またとないチャンス!一行は密かな期待を胸にパリンチンスへ向かった。

amazon 「ボイ・ブンバ」と呼ばれるその祭りは、日本ではあまり知られていないため、チケットを扱っている旅行社はほとんどない。もちろん現地で手に入れることもできるが、なにせ、町の人口を遙かに上回るほどの観光客の数。あまりの人気ぶりに、前回の祭りが終わった時点で予約する人もいるくらいだから、うまく入手できればラッキーだ。
ちなみにチケットの値段は350ヘアル(約1万6千円)だが、月平均5万以下というブラジル人サラリーマンの月収から考えるとかなりの高額。しかも、パリンチンスはアマゾン河の中州にあるので陸路はなく、飛行機代も高いので、ほとんどの人はマナウスから丸一日かけ、バルコと呼ばれるポンコツ船ではるばるやって来る。

この「ボイ・ブンバ」、その昔、牧畜で生計を立てていた人たちが牛の骸骨を掲げて行進した牛祭りが起源と言われている。「ボイ」はポルトガル語で牛、「ブンバ」は爆発の意味だそうだ。

その爆発っぷりは町の様子を見れば一目瞭然。祭りの開催中、町民たちは赤をシンボルカラーとするガランチードと青のカプリチョーゾに分かれてそれぞれの出し物を競うのだが、そこは"主張"が激しいブラジル人のこと。着るものはもちろん、屋根や壁、冷蔵庫、食器棚などの家財道具に至るまで真っ赤っか、または青一色という家も珍しくない。さらには、ガランチードが多い地域の電話ボックスは赤、カプリチョーゾの人たちが飲むコーラの缶は青といった具合で、完全に冗談を通り超している。
同じ家族でもチームが違う場合はケンカの種になるし、祭りの前は相手に情報が漏れないように友達でも口をきかないとか、恋人にも会わないとか、そんな話しもざらにあるようだ。

amazon何もそこまでとも思うのだが、大の大人が恥も外聞も気にせずマジになれるのだから、準備も相当念入りなのだろう。本番前日、町外れにあるガランチードの本拠地に潜入を試みた。

アマゾン河に面した巨大な倉庫は、なにやら厳戒態勢。強面の見張り役に睨まれながら中に入ると、ペンキの匂いが鼻をついた。ダンボールに色紙、風船、クジャクの羽……機械類は一切なく、かなり手作り感あふれる作業場で、意外に学園祭な雰囲気だ。しかし、聞くところによると衣装だけでもひとチーム4千人×3日分用意しなければならないというから、想像するだけでも気が遠くなる。
それだけではない、勝敗の行方を握る祭りのメインとも言うべき巨大な山車、アレゴリアは高さ約10メートル。奈良の大仏みたいにバカでかい虎や蛇、伝説の生き物など、1チーム約20体以上、完全手動の仕掛けやからくりを駆使した大がかりな舞台装置が作られる。
スケールの大きさでは青森ねぶたにも匹敵するが、ボイの職人たちはあくまで素人。仕事の合間に倉庫に通いながら、丸々1年かけて大作を完成させるのだ。しかも、お披露目するのはたった1日。祭りが終われば、すべて泡と消える。

その他にも、毎日3時間、たった1人で壮大なドラマを歌い上げる"レヴァンタドール"や、20キロの羽根飾りをつけてお色気たっぷりのサンバを披露する女性ダンサー"ブリンカンチ"、祭りのリズムを刻み続ける400人の鼓笛隊"バッカーダ"、観客たちの応援を統率する"ヂレトール"など、それぞれが完璧な役割を果たして、祭りが成立する。準備も練習も、誰が何を言うわけでもなく、自然に事がなされていく見事なまでのチームワーク。まさに、最強の素人集団だ。

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祭りのスタートは夜9時。スタジアムを揺さぶる"バッカーダ"の大演奏から始まり、会場は一気にヒートアップする。続々となだれ込んでくる100人単位の"ブリンカンチ"の乱舞に目を奪われていると、アリーナに突然、巨大なワニが出現。頭をもたげ、大きな口を開けたかと思うと、中から祭りの女王"ハイーニャ"が飛び出た。大きな羽根を背負って、豊かな胸をブルブルと振るわせる彼女に観客の視線は釘付け。
しかし、じっくり観ている暇はない。ボイでは観客の応援ぶりも審査対象となるので、"ヂレトール"の合図に合わせて、事前に配られた応援グッズの中からろうそくや花火を取り出し、決められた通りのポーズをしなければならないのだ。

amazon1チームの持ち時間は3時間だから、この状況で延々午前3時まで、息つく暇なく大狂乱が続く。当然、ヘロヘロの状態で朝帰りになるから、昼過ぎまで寝ないととても体がもたない。おまけに日中は40度近くなるので、汗でダラダラ。観光気分で乗り込んだ人も、男は海パン一丁、女はビキニかタンクトップ、ビーサンつっかければ、みんな地元民になれる。川べりの屋台で魚の塩焼きにかぶりつき、浴びるほどビールを飲み、酔っぱらった勢いでレンタルバイクを乗り回すという、超自堕落な毎日。町中がこんなだから、何が起こっても警察も見て見ぬふりだ。

そして、迎えた祭りの最終日。勝敗が決まるだけに、各チームとも演技に一層力が入り、熱気ムンムン。ボイは1つのストーリーに沿って進行されるので、前述した鼓笛隊や歌い手、女王の他にも、さまざまな役柄がある。たとえば、白(ガランチード)と黒(カプリチョーゾ)の牛は文字通りボイのシンボルとして劇中何度も登場するし、牛飼いの領主とその娘、殺された牛を復活させる祈祷師など、一通り見終わると、すべてに意味があることが分かってくる。

amazonちなみに、ボイはカーニバルではなく、フォルクローリコ。つまり、民族の祭典だ。アマゾンの原住民であるインディオの血を称え、森の精霊たちと対話する、一種の儀式とも言える。

その証拠に、祭りのテーマ曲である"トアーダ"には、「原始時代から現代に至るまでの歴史、地理、文化、社会的要素を含んだ歌詞であること」という審査規定が設けられている。中には、昨今のアマゾンを巡る環境問題を謳ったものも多く、我々人間も自然の一部であり、誇り高く生きていくには、森や河を尊ぶべきなのだと説いていたりする。

そしてもう1つ、ボイは民族の調和の象徴でもある。この"トアーダ"の中で語られる"カボクロ"は白人と黒人の混血児で、アマゾンの水辺に暮らす農民たちの日常が描かれるが、たとえ貧しくてもその精神は独立自尊。強者に征服されることなく、自然の恩恵を賢く利用しながら生きる智者であることが強調される。
ブラジルが移民の国であることを考えれば、祭りの存在意味は明らかだ。肌の色も目の色も違う人々が、日々の葛藤を乗り越えて自らのルーツを再認識し、結束を図る。年に一度、彼らが爆発させるものは、ブラジル人であることの誇り、つまり、ナショナル・アイデンティティなのかもしれない。

森の奥深く、魔界に迷い込んでしまったような怒濤の三日間。アマゾン河に太陽が昇りかけた頃、冷めやらぬ興奮はやがて激しい眠気に変わり、私たちは3人とも、倒れるように床についた。

……が、それから数時間後。再び、花火の大音響でたたき起こされる。えっ?もしかして、もしかして……!?

amazon2002年ワールドカップ、ブラジル優勝!! 祭りが終わったちょうどその頃、我が日本で決勝戦が始まっていたのを私たちはすっかり忘れていたのだった。祭りの前に、優勝の瞬間だけは寝ないで絶対見ようとみんなで約束したのに、精も根も尽き果て、誰1人として気づかなかった。サイテー、サイアクの大失態だ。

一生に一度のチャンスを見逃した私たちはあまりのショックに、ありったけのビールを一気に呷り、町の真ん中で再び始まった乱痴気騒ぎへと否応なく飲み込まれていったのだった。

飯嶌寿子

飯嶌寿子(いいじま・ひさこ)Hisako Iijima

出版社、広告制作会社、編集プロダクションで、雑誌・書籍の編集、ライティング、広告制作物のディレクション、イベントの企画・プロデュースを経験。会員誌の実績も多く、主なものに、DCカード「ザ・カード」、アメリカン・エキスプレス「インプレッション」、高所得者向け会員誌「バケーション」、コンチネンタル航空機内誌、KLMオランダ航空機内誌、日比谷花壇会員誌「ペタル」などがある。 2004年独立し、2005年有限会社ダイバーシティ4を設立。その後も、雑誌の編集、広告制作物のディレクションを中心に活動。旅の企画も多く、秘境、リゾート、歴史ものなど幅広い切り口で世界中をレポートしている。

写真・水野康夫(Mizuno Yasuo)